栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
「永続敗戦論~戦後日本の核心」 白井聡
e0181546_10412387.jpg知人から借りて読んでみたが、帯に「必読の日本論」と書かれているが、たしかに読んでみた方が良い内容でした。左の写真は表紙が白地なので、なんか文字だけになっちゃってなんだかわかりにくいけど、本です(笑)。

「永続敗戦」ということについては、帯の裏側に書かれています。

それは戦後日本のレジームの核心的本質であり、「敗戦の否認」を意味する。国内およびアジアに対しては敗北を否認することによって「新州不滅」の神話を維持しながら、自らを容認し支えてくれる米国に対しては盲従を続ける。敗戦を否認するがゆえに敗北が際限なく続く-----それが「永続敗戦」という概念の指し示す構造である。今日、この構造は明らかな破綻に瀕している。

1945年8月15日の「終戦」は、本土決戦を避け、それ以上の負担を国民に強いないためなのではなく、「国体」を維持するためのものであった、という指摘は、単に私の知識が乏しかっただけかもしれないけれど、驚きでした。

本土決戦という状況になると、戦火だけでなく様々な事態が生じカオスが生じる。そうなった場合、日本が分割されてしまうかもしれないし、当時の流れで言えば共産化されてしまうかもしれない。そのカオスの中で、日本国民が「天皇」にではなく、日本国民各人が「自らの命をかけても護るべきものを見いだし、そのために戦うと自主的に決めること、同様に個人が自己の命をかけても戦わないと自主的に決意する」体験をしてしまうことを回避するためだった、と。

このレジームが成立するためには、最低限東アジアにおける日本の経済力の圧倒的な優位を維持することが必要。現在においてはこの優位性が相対化されつつあり、結果、必然的に「永続敗戦レジーム」は耐用年数を終えている。

それが何をもたらすかというと、早晩、再軍備の是非も含め、否応なしに日本国民に自らの意志で国の進むべき道を選びとらなければいけない、決断の時期が近づいているということ。自分も陥りかねないお題目平和主義ではどうにもならない時期が迫っているようだ。
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# by kurijin-nichijo | 2013-10-07 11:26 | 歴史
「キッズ・リターン 再会の時」他
e0181546_10483611.jpg昨日、試写会に行ってきた。「原案:ビートたけし」なんてことも知らずに。

余計なことを考えずに観られる、いい映画だったと思います。
5年の刑期をを終えたヤクザのマサルと、久し振りに彼に会ったことで、一度諦めたボクシングにもう一度挑戦しようとするシンジという若い同級生二人の物語。

住む世界が違うことはお互いにわかりつつも、心を通わせ続ける二人。やがてシンジの日本タイトル戦の日を迎える。映画のではなく、ストーリー上のラストシーンはとてもいい絵だと感じました。なにが起きたのかをお互いわかった上でのあのポーズ。過剰なものが何もない素敵なシーンでした。

倉科カナさん演じるシンジの彼女の立ち位置の、二人からの距離感もなかなかミステリアスで好ましかったです。

ついでながら7~9月に観た映画の感想を。

e0181546_11131794.jpg「終戦のエンペラー」

評判を聞いて観てみたのですが、私にあまりピンとこなかった映画です。主な要因は、マッカーサーがどうして始めから昭和天皇の責任を問わないことを前提に資料、証言を集めるよう部下に指示したのかが、映画の中ではよくわからなかったところにあります。あるいは私が見落としたところが有ったのかもしれませんけれど。それでもマッカーサーと天皇の会見の場面では、ウルッと来ました。


e0181546_112059.jpg「許されざる者」

TVCMでも流れていて、試写会にの同行者は面白かったとの感想。小池栄子の演技も評価してました。
が、私にはなんとも物足りない映画。設定に無理が有ったり、配役に疑問符が付いたり、という感想です。妹女郎の顔を切り刻んだ男たちへの復讐のために、女郎たちが千円の賞金を懸けるのが経糸の物語。
が、です。明治初期と思われる当時の貨幣価値にたいする実感は乏しいものの、女郎数人で直ぐに千円集められるのなら、その当時でも女郎から抜けられたんではないだろうか。
特別協力なのか、配役もよくわからない。折角、國村隼が出てきながら、顔見世程度ではない役ながら、この扱いなら他の役者さんでも良かったのではないかという気がする。小澤征悦さんは賞金を懸けられ追われる役。こっちはほとんど顔見世に近い。主役の渡辺謙さんも、一度止めた人切稼業に戻るときの葛藤があまり描かれていない。
そんなこんだで、なんか中途半端な映画に思えました。


e0181546_11361841.jpg「共喰い」

たしか芥川賞受賞作の映画化。
セックスの時に相手を殴る性癖のある父親。父親と同じ性癖を持つのではと悩む高校生の物語。映画としての評価も高いようだけれど、私には理解困難。つまらない映画だったとも思わないのだけれど、この映画を観る自分の立ち位置がわからない、っという感じでしょうか。登場人物の誰かに感情移入できる、ということが、良い映画の条件なのかどうかはわからないですが、自分の居場所がないように感じました。ただ、この内容が小説でどう描かれているのかは知りたい気もします。

以上
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# by kurijin-nichijo | 2013-10-04 11:45 | 映画・芝居
Zaurusが死んだ
e0181546_1733768.jpg

SHARP「液晶ペンコム」ZAURUS/PI-5000愛称「アクセスザウルス」。
発売日 1994年11月 価格 PI-5000 82,000円
記憶容量 1MB サイズ 160.2mm×94.6mm×17.3mm、重量 約250g

正確には「死んだ」のではなく、中に入っていたデータが消えた。
単四電池2個で動いていて、それが電池切れで交換したが動かない。
当時の記憶装置はICカードというやつで、これにも別途電池が必要。
しかもその電池が切れるとデータも消えてしまうのを忘れていた。

主要な使い方はほぼ住所録。
当然のこと、最近は使っていなかったが、
そこにしか入っていないデータも有ったので保管してあった。

2年前かな、iPad2を買った時に必要なデータを拾って、手入力。
移し終えて、しばらくしてiPad2を開いたら全データが消えていた。
原因不明だけど、それで再挑戦する気力を喪失。
それが最後の機会だったようですね。

ZAURUSの前はSONYのパームトップコンピュータ(PTC)を利用。
元々、SONYの商品は好きだったんだけど、相性も悪い。
他の機器でもいろいろあったが、このPTCは最悪。

回路基板を2度か3度交換、かつ突然のデータ昇天が幾度も。
ICカードも使っていたが、これ自体も電池駆動で交換の時期が来る。
本体よりICカードのメモリー容量が大きいので、
その際はサービスセンターに持って行って預かってもらい、
データを一度外部に移動して、電池交換後に戻してもらう。
で、手元に返ってくると、大概はデータが飛んでる。

そんなこんなで、サービスセンターにもう勘弁してくれと泣きついた。
SONYから直接購入したわけでもないけれど、もう返金してくれと。
不具合の度にメモを残していたので、
先方も納得してくれて返金してもらった。

そのお金で買ったのがZAURUS。
これは安定していて愛用していました。
我がZAURUS、機械としてはまだ使える訳ですけど、
データが消滅してしまった以上、今後また使うことはないでしょう。
発売からほぼ20年。
ここ数年はほとんど使ってはいなかったわけですけれど、
なんか一つの区切りが来たような感じです。

ここは「ZAURUSさん、ありがとうございました」とかなさそうです。
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# by kurijin-nichijo | 2013-09-26 17:40 | 世迷言
田中修著「植物のあっぱれな生き方」
e0181546_10332168.jpg1週間ほど前に読み終えた本。

「植物のあっぱれな生き方」
~生を全うする驚異のしくみ
(田中修著/幻冬舎刊)


ここのところ興味を持っているのは、動物とか植物の持っている知的水準に関すること。あえて「知的水準」と言ってみたけど、もちろん人間自身が認識する「知的」とは限らない。でも単なる本能とか遺伝子的能力だけでは説明できないようなことを彼らもしているのでは、という思いがある。

クジラやイルカは知的水準が高いなどと言われるが、それは人間の方で「知的」と認識できるデーターが取りやすいだけではないか。他の動物も本来は高い知的水準を持っているけど、それを人間の方が計測、または認識できないだけ、という思いがある。

余談になるが、「知的水準の高いクジラやイルカを殺すな」という言い方は、知的水準の低い動物は殺してもいいということに、結果的に繋がっていないだろうか。

そんな思いから、この本を読んでみた。
途中、私の大好きなハイポニカのトマトの巨木の話も出てくる。

一つ認識を新たにしたのが「受粉」に関すること。多くの花には雄蕊と雌蕊がある。知識としては風媒花、虫媒花、鳥媒花というのは知っているが、漠然とその花の中の雄蕊と雌蕊が接触して受粉に至るものだと思っていた。どうもそうではないらしい。雌蕊は長めに真っ直ぐ伸び、雄蕊は短めに斜めに放射状に伸びることで、できるだけ近親交配を避けているらしい。

開花時刻の決まっている植物群。どうやって時間を知るかと言うと、3つくらいのパターンがあるとのこと。

一つは温度が高くなることに反応するもの。チューリップやクロッカスなど。
二つ目は明るさに反応するもの。タンポポやムラサキカタバミなど。
三つ目は暗くなることを刺激として反応するもの。アサガオなど。

アサガオは朝に咲くけれど、温度や明るさに反応するのではなく、開花する前日に明るい環境から暗い環境に変わるという状況を感じ取って、その約10時間後に開花するのだそうだ。

植物は時間も計測できる。
アサガオが蕾を作るには連続して9時半間以上の暗黒にさらされる必要がある。約9時間以下では蕾はできず、しかも「累積」でも不可とのこと。
シソ(大葉)は15分の時間差を認知する。暗黒の長さが9時間45分あれば蕾を作るが、9時間半では作らない、等々。

それはそういうシステムが組み込まれているだけ、という意見もあるだろうけれど、誰がそんなシステムを作ったのかということも考え合せると、なかなか「あっぱれ」であると言わざるを得ない。人間が自身の知的認識力から当て嵌め様とすると違うということになるとは思うが、植物にも相当な「知的能力」があると考えた方がわかりやすいのでは。
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# by kurijin-nichijo | 2013-08-22 12:01 | 時事
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」講談社文庫
e0181546_10342278.jpg以前、少年マガジンだったかサンデーだったかで漫画で紹介されて、読んでみたいと思っていたけど失念んしていた。ふと、思い出して図書館で借りてきた。

「ネルソンさん、
あなたは人を殺しましたか?」
~ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」


アレン・ネルソンさん。私より3歳上。18歳の時勧誘されて1965年、米国海兵隊に入隊。翌年ベトナムに配属。19歳になって直ぐベトナムを去り、米国本土、地中海、ハワイでの勤務の後、4年の契約を終え除隊。ニューヨークの自宅に戻ったが、ベトナム戦争従軍によるPTSDで、家族からも疎んじられ、自宅から追い出される。そして23歳でホームレスとなる。

そのネルソンさんを1年しか在籍していなかった高校の同級生が見つける。彼女は小学校の教師で、彼にベトナム戦争の体験談を、子どもたちに話してほしいと依頼する。何度も断るが、子どもたちからのお願いの手紙などを読み、とうとう話してみる気になる。

その日、彼は戦争の実態について、残酷すぎる話は除いて、子どもたちに話した。もう一つ話さなかったのは、そこで自分がしてしまったこと。子どもたちは真剣に話を聞き、終わった時には拍手もあった。

いくつかの質問があり、そして最後に運命的な質問が女の子から発せられる。

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

永い、もしかしたら短かかったかも知れない沈黙の後、眼を閉じたまま「イエス」と答えるネルソンさん。子どもたちから憎悪や恐怖の目で見られているという思いで、眼が明けられない。その時、誰かの手がネルソンさんの身体に触れ、抱き付こうとしてきた。眼を開くと、それは質問をした女の子。「かわいそうなミスター・ネルソン」と言って、眼に涙をいっぱい溜めて彼のために泣いている。やがて他の子どもたちも一人一人彼の身体を抱きしめる。ネルソンさんの眼から涙が溢れ出る。

そこから、ネルソンさんの精神的な再出発が始まる。


あまり短い言葉でまとめてしまうことには、自分自身、若干の懸念はある。
なんとか、この本に関する感想を書こうと思ったのですが、どうにもいい文章が浮かばない。
ただ、人間が場合によっては自分を曝け出すというのは、生きていく上で不可欠なんだろうとは思う。
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# by kurijin-nichijo | 2013-08-21 11:25 | 時事


by kurijin-nichijo
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