栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
<   2013年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」
e0181546_1005029.jpgこれまたツイッターで知り、「読もう」としてみた。

伊藤桂一著「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫

従軍慰安婦の問題は、個人的にはよく問題点が理解できない。この本が現場の実態に触れているとのことなので、その辺りの参考になればと。

最初は軍隊とか慰安婦の問題に対して、どちらかに偏った内容かと思っていた。400ページを越える本なので、とりあえずは直接関心のある「戦場と性」の所から読んでみた。戸惑ったのは「偏って」いないこと。自らも兵役を体験した著者が、その目で見た事実を中心に淡々と描いている。

まえがき等も読んで、これは面白そうだから読破しようと思ったのだが、すぐに挫折。陸軍の編成とか、兵営生活の実態とか、実に丁寧に書かれているので、陸軍の実際について知りたい方には価値が高いと思うが、私程度の問題意識で全編を読み通すのはちょっと無理、と断念して、拾い読みのみにした。

兵隊の世界は、複雑で混沌としていて、一部の左翼公式主義者のみるような、単純なものではない。むろん兵隊が被害者であることには間違いないが、といって被害者意識だけで存在しているのでもない。

著者のこの本に対する姿勢は、上記の文にはっきり表れている。
戦場にいる兵隊も、常に戦闘状態にいる訳でもなく、当然日常生活もある。常に被害者意識を持った状態では、やっていけないだろう。

慰安婦の問題に絞ってみる。
まずは日中戦争以前は、戦場には女性はいなかったとのこと。日中戦争以降、看護婦も慰安婦も兵隊とともに前線に移動したらしい。

やはりツイッター経由で知った、たしか妹尾河童さんの体験だったと思うが、慰安婦一人に対して40人くらいの兵隊が順番待ちをしているのを見たことがあるとか。どこでもそうなのかと言うと、一概には言えないようだ。筆者の駐屯地には600名の兵隊がいて、慰安婦は4名。毎日大繁盛かと言うと、そうでもなかったらしい。

それでも、さらっとこんな文も挟まっている。

慰安婦も多くは、欺(だま)されて連れてこられたのである。

朝鮮の女性たちは日本兵に献身的であったらしい。中国の女性たちは言葉が通じないこともあり、日本人に心を開かなかったようだ。ただし、日本兵との逃亡、心中、奔敵(寝返ることだと思う)になると、その対象はほとんど中国女性だったとのこと。

ひどい話も出ている。ビルマ(現ミャンマー)での話。ある兵団で強姦事件が絶えず、内々にこれを認めた。ビルマは親日国であり、民衆は熱心な仏教徒であるので、認める条件は証拠隠滅、つまりは犯した相手をその場で殺害すること。結果、事件は起こらなかったが、兵隊がひるんだためか、表面化しなかっただけかは不明なようだ。

一つだけ表沙汰になり、3人が白状。「情においてどうしても殺せなかった」と述べたという。軍法会議にかけられ、降格の上、内地送還となった。降格、内地送還、入獄というのは、当時としては極刑で、家に戻れないような恥ずべき事態だが、結果として3人は戦死から免れた。
それにしても、「情において殺せなかった」と言うが、「情を抑えきれなかった」行為は殺人より罪が軽いのだろうか。相手の女性の人間としての尊厳に対する思いやりは、そこにはないようだ。

この本に関しては、とりあえずここまでです。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-07-30 11:22 | 歴史
「核の難民」~ビキニ水爆実験「除染」後の現実
e0181546_14444365.jpgツイッターで知り、読んでみた。

「核の難民」
~ビキニ水爆実験「除染」後の現実
佐々木英基/NHK出版

1954年3月1日、ビキニ環礁で「ブラボー」と名付けられた水爆が炸裂。第五福竜丸乗組員が被曝した時だ。ビキニ環礁の東方にあるロンゲラップ島、そしてその住民も被曝した。その後、現在に至るまでの現実を取材した内容だ。

その2日後、住民を他の島に移送するものの、広島・長崎への原爆投下の後の対応と同じく、アメリカは治療目的ではなく、研究目的で住民に対応する。1957年にアメリカが安全宣言を出したことにより、被曝した85人と、爆発時に他島にいたりして被曝しなかった165人が帰島。それにより被曝被害がさらに広がることになった。その状況でもアメリカは安全だと言い続け、その「嘘」に耐え切れなくなった全住民は1985年、他島への移住を自ら決定した。そして現在、また除染は完了したということで、住民に対し帰島を奨める状況になっている。

故郷の島を離れたことで引き起こされる独自の文化、そして家族の絆の崩壊。自給自足の生活から、いやおうなしに巻き込まれる貨幣経済。もともとロンゲラップ島で生まれ育った世代と、島を知らない世代との故郷への想いの違い。例え「安全」でなくとも島に戻ってそこに骨を埋めたい世代と、戻ることによって新たな世代に被曝が及ぶことへの懸念。これから日本でも起き得る、もう起きているかもしれない事態が描かれている。

1985年に全島民が移住を決めた時に、アメリカ政府高官の住民への非難。

「移住による精神的影響は、放射線による影響より危険だ」

その通りの面もあるだろう。しかし、住民にとってはそれがわかった上での選択だったはず。
この言葉を聞くと、現在、ネット上でも「原発事故関連死の大きな部分は、事故そのものよりも、避難による精神的なものが占める」と主張する人たちの言葉にも繋がってくる。

もちろん、戻っても問題がない状況であるなら、早く戻れるようにすべきだ。それを誰がどのように明確に判断し、かつ住民の納得を得られるようにするのか。そこがはっきりしない限りは、そう簡単には解決しないだろう。

この本を読んでも、ロンゲラップ島の除染が完了した、というのが島の一部のことなのか、全てのことなのか明確でない。過去の経験から、アメリカ政府から「安全」と言われても、信じていいのかどうかも分からない。「マーシャル・アイランズ・ジャーナル」の編集者ギブ・ジョンソンの言葉が重い。

1954年の核実験、さして1957年に「調査のため」に帰島させられたこと、この二つの事実は、ロンゲラップ島の住民の考え方に「暗い影」を落としました。この「暗い影」こそが、住民にとって「アメリカとの歴史」そのものなのです。
ですから、アメリカがロンゲラップへの帰島を実現させたいのなら、ただ単に「あなたの島は安全です。戻ってください。」と言うだけでは足りないのです。50年、60年と積み重ねてきた両者の歴史を考えてみれば、そんな簡単に済む話ではないと分かるはずです。


福島の原発事故で避難している人たちが戻れる状況になっているのかどうか。もちろんもう戻れない地域もあるだろう。でも戻れるところがあるなら、早くそのことを宣言してほしい。ただし、宣言したからと言って戻ることを急いではいけないのだろう。誠意を込めた、息の長い説明が不可欠であろう。ネットで高説を垂れているだけでは、物事は進まないと思われます。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-07-29 15:49 | 歴史
霧社事件を描いた映画「セデック・バレ」一部・二部
e0181546_10171764.jpg
なにせ一部・二部を合わせて4時間半を超える映画。ぜひ見たいとは思っていたけど、なかなか行けず、先週末ようやく見ることができた。「セデック」というのは部族の名称。「セデック・バレ」というのは「真の人」という意味だそうだ。

以前、小室直樹氏の著書だったと思うが、日本の台湾統治(1895~1945年)には闘争的な原住民族を押さえることで、台湾の近代化を進めた面もあると書かれていた。ということは、相手側から見れば武力による征服、と捉えられることにもなるのだろうと漠然と考えていた。

そこでこの映画を知り、征服される側からどう描かれるのか、に興味があった。
しかし凄まじい映画でした。

台湾人の日本人化運動。良し悪しでなく、ありがちな政策。だけれど運動を推し進める側に、これまたありがちなのは差別意識。なにせ原住民の子供たちを教育する場は「蕃童教育所」という名称。いきなり「蕃」が入る。自給自足の生活に貨幣経済を持ち込み、労働に対して対価を与えるはするが、極めて低いレベル。苦しい生活を強いられ、部族のプライドは抑え込まれる。

彼らの文化の中には、成人男子は敵の首を取り、それにより顔に入れ墨を入れることが勇者の証という風習がある。その段階を抜け出してしまった文化の人間には耐えがたい風習だけれど、とりあえずは制圧されてしまってはいるが、その文化に生きる部族には重要な問題。それが差別問題と絡まって、事件に発展していく。

映画はこれを「“文化”と“信仰”の衝突という視点」で捉えたとのことだが、異質な文化が接触した時の対応、融和というのは、そう簡単にはいかないということですね。

西郷隆盛の「南洲遺訓」というものにこんな話がある。西洋は文明か野蛮かということで議論になった時に、西郷南洲は次のように言う。

実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導く可きに、左(さ)は無くして未開蒙(もう)昧(まい)の国に対する程むごく残忍の事を致し己れを利するは野蛮ぢゃ

こんなことを言う人が征韓論など唱える訳はないと思うが、それはさておき、その通りと思いつつ、「文明」の側にも相当の心構えがないと実践は難しそうに思えてしまう。
たしか王陽明は龍場に左遷された時には、武力に寄らず周辺の民族を従わせた、と聞いたが、並大抵の人物ではなかった、ってことでしょうね。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-07-12 11:17 | 映画・芝居
宮崎駿監督作品「風立ちぬ」試写会
e0181546_937050.jpg「風立ちぬ」の試写会があり、行ってきました。
作家・堀辰夫と零戦の開発者である堀越二郎へのオマージュ。
相変わらずの宮崎ワールドを満喫してきました。

最初の方に関東大震災のシーンが出てくる。今、「堀辰夫」で検索したら、彼が結核を発病したのが、この大震災の年だそうだ。台地が揺れるシーン、地面が波打つように迫ってくる。この時点では、時代も全く架空の設定なのかある時期を想定しているのかもわからなかったので、一瞬、ここで津波は勘弁して、とビビりました。

日本の戦闘機開発の物語と、主人公・二郎と軽井沢のサナトリウムで療養している菜穂子との恋、結婚、別れを織り交ぜて展開する。出てくる異形の飛行機のきれいなこと。空を飛ぶ浮遊感はさすが。

とくに印象的なシーンは、二人が急な雨に見舞われるときの雨や風や雲の動き。そして二人の結婚式のシーンの、渡り廊下を渡ってくる花嫁の姿と、部屋に入った後の花嫁衣装の姿。

「ポニョ」は見過ごしてしまいましたが、久々の宮崎ワールド、なんか淡々と身体に沁みてくるような映画でした。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-07-12 09:59 | 映画・芝居


by kurijin-nichijo
プロフィールを見る
画像一覧
カテゴリ
全体
HYPONICA
正心調息法
世迷言
歩行術・古武道
自己紹介
地球交響曲
TIMEDOMAIN
東京都北区
がっこう・プレーパーク
音楽
旅日記
映画・芝居
時事
歴史
未分類
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
希望の国~救いようのない未来
from 黄昏の冬じたく
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧