栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
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様々な「終末論」
e0181546_10141777.jpgマヤ暦の関係で、今日「冬至」の日がからかわれ気味に騒がしい。場合によっては人類滅亡なんて話もある。

「終末論」はいろいろある。記憶の中で最も話題になっていたのは、やはり「ノストラダムスの大予言」、1999の7の月、ってやつでしょう。実はこの予言が話題になり始めたころ、私はかなり真剣に考えていたことが有る。

1980年代の終わり頃だったと思うが、人類がこのままの生活態度でやっていくと、21世紀後半には少なくとも人類は生き残れないのではと、漠然と考えていた。それが1999年ということになると、思っていたより早くその時期が来る。真剣に考えたってどうなるものでもないのだが、けっこう心配していた。

が、ある日、ポッと抜け出てしまった。なにかというと、その日に人類が絶滅するのだとしたら、悩んでいたって仕方がない。「絶滅」なら自分も生きていないということになる。何も起こらないなら、それまでの生活が続く。幅広いその中間は何かというと、誰がどのようにすれば生き残れるのか、に尽きてしまう。例えば人類の半分が死んでしまうという場合、自分がどっち側かは起きてから出なくてはわからない。死ぬ側だったらそれまでだし、生き残り側だったら、そんな状況でどうやって生きていくかなんて、その場になってみなくてはわかるはずもない。

2000年にも問題が提起されてましたね。「2K」問題、っていってましたっけ。いわゆるコンピュータの「年」の記録方式の問題。下2桁で登録されているものが多く残っているため、「2000年」になると「00」、つまりは「1900」年と認識されて、コンピュータに大混乱が起き、それにつながっている社会的にも大混乱に陥る、という話。電気なども使えなくなるかもしれないということで、水・食料の備蓄を奨励する人もいた。

それも大した問題は発生せず、終末論は終わりかと思ったら、またぞろ出てきたのが2012年12月説。マヤ暦には2012年12月冬至の日までしか記されていないとのことで、そこで人類の歴史は終わるのでは、とか。はたまた同時期に「フォトンベルト」に地球が入ってしまうために大混乱が起こる、なんて説も。

おそらくそのきっかけになったのが、上の写真の「フォトンベルトの謎」。「科学的な知識」に乏しい私には否定することもできないが、この本を読んで、それは明らかにおかしいと思ったことが一点。

著者が、たしか風水の大家から聞いたという話。
南極の氷が崩れてどんどん海に流れ出している。なのに一切の報道がない。それは流出した氷が融けて、海面上昇することを避けるため、アメリカが極秘開発のプラズマ兵器を使って瞬間蒸発させているからだと。

「科学的知識」が乏しい私にも、これはおかしいとわかる。プラズマ兵器によって瞬間蒸発された氷の水分は特別で、もう地球には降り注がないという条件でもないと、むしろ融けるのを早めているだけになる。もう降ってこないとしても、地球外に飛ばされるのだとしても、それは別の意味で地球生態系上にとって大問題でありましょう。

その後、「フォトンベルトの真相」なんて本も読んだが、知りたかった「真相」ではなく、実際はフォトンベルトに入る前、2007年頃(だったと思う)に別の要因で大混乱が生じるのでは、という内容で、おいおいっ、だった。

実は、私が講習会をやっている正心調息法という呼吸法の提唱者も、20世紀末から21世紀初頭にかけてカタストロフィーが起きると言われていた。そこからの復興に向かう端緒となる年、出来事もも具体的にあげられていたのだけれど、その年ももう過ぎた。

昨年の東日本大震災を見ても、終末論には関係なくとも、人間が想像もできないことは今後とも起こり得る。なので事前に対策を立てられるもの以外は、私は全て発生対処という気持ちでいる。
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by kurijin-nichijo | 2012-12-21 11:11 | 時事
松阪市文化財センター はにわ館
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今回のお伊勢参りは松阪駅に正午集合。交通費節約のため夜行バスで行ったので、朝8時前には松阪駅に着いていた。

集合までの4時間ほどをどうするか。市内観光をするか、重複してもいいから伊勢神宮に行くか、はたまた鳥羽とか二見浦にでも行ってみるか、なんのプランもなし。まだ時間が早いし、小雨が降っていたこともあり、駅で朝食を摂りながらツイッターなどをチェック。

松阪市内は以前観光したことがあるが、松阪城址には行かなかったように覚えていて、市内観光ならまずははにわ館に行ってみようと思っていた。空が明るくなってきて、しばらくすれば雨も上がりそうだったが、なかなか上がらず、やむなく出発。

向かう途中で雨も上がり、だんだんと記憶も蘇ってきた。都内観光案内図にあるところはほとんど回っている。城址も、そこにある本居宣長記念館も間違いなく行っていた。

はにわ館で見たかったのは上の写真の日本最大の船形埴輪。宝塚一号墳からの出土とか。大きさといい、その装飾といい、なかなか素晴らしいものでした。

ここの展示方法も面白い。
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全体が復元されているものも一部のものも、正面からライトを当てられて後ろの壁に影ができている。その影の形を、実際の形と比べてどれほど意識しているのかはわからないが、面白い形になっている。左の影なんか、まるでポケモンにでもいそうな感じだ。

その他にも、今まで私が見たことのないタイプの埴輪もあって、思いのほか楽しめました。
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by kurijin-nichijo | 2012-12-18 11:10 | 旅日記
皇大神宮別宮 瀧原宮 瀧原竝宮
e0181546_1538888.jpg12/15(土)に瀧原宮に二度目の参拝。参拝のしおりによると、「大神の遙宮(おおかみのとおのみや)」と言われており、ご祭神は天照坐皇大御神御魂とのこと。

以前からとても気のいい神社と聞いていて、なかなか行けなかったのだが、3年ほど前に初参拝。ちょっと奥まったところにあり、知る人ぞ知る、といったところなのか、参拝者も少なく、なかなかに落ち着きのある場所です。建物自体もとてもシンプルで、趣があります。



e0181546_15525536.jpg上の写真は瀧原宮。向かってその左側に竝宮、右手に南面する若宮神社と西面する長由介(ながゆけ)神社が有り、四つのお宮を回る順序も、右のように決まっています。ここも遷宮は行われるとのことですが、伊勢神宮の遷宮の1年後とのこと。



e0181546_15565542.jpg神社によくある柄杓が置いてある手水場はなく、ほとりを流れる川そのものが手水場。ここで身を清めます。内宮の五十鈴川も本来は同様のものだったんでしょうね。

ここは車がないとなかなか行くのが難しいかも、ですが、行ってみる価値は十分ありますね。機会があればぜひご参拝を。
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by kurijin-nichijo | 2012-12-17 16:02 | 旅日記
伊勢神宮参拝
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15日と16日に伊勢神宮に参拝した。写真は16日7時半過ぎに撮影。

地元の物産店の社長さんの厚意で泊めていただいた、未オープンのホテルの傍にある事務所の車を借りて、夜明け前後の早朝参拝を狙った。が、前夜はホテルまで持ってこれず、やむなく5時半ごろに起きて支度して取りに行った。

e0181546_22232612.jpgそこでまた「が、」になってしまった。
道を間違えてあらぬ方向にいってしまい、戻ってきて、なんとか事務所を探り当て車を動かした。そしたら今度は、私に少し遅れて歩いていたはずの仲間がどこにもいない。呼べど答えずで、携帯電話にもなぜか登録がなく、一度ホテルに戻って他の仲間に番号を聞こうとした。そしたら部屋のドアが開いていなくて、まだ起きてなさそう。やむなくもう一度事務所を目指す。そこでようやく発見。腹具合が悪くなって、たまたま開いていたその事務所のトイレを借りていたとのことで、一安心ではありました。事務所を探してさまよってた時の夜明けの写真であります。

ただ、そんなかんだで、結局ホテル前に車をつけたのが7時15分前後。もうすっかり日は上ってしまった。彼が一度部屋に戻り、早朝参拝に同行したいと言っていた今回唯一の参加女性に声を掛けて待つ。そしたら彼は体調不良でギブアップ。結果的に二人で内宮を目指す。

夜明けの内宮を見たかったので、内心「あ~あ」という気持ちだったけど、宇治橋に着いてにわかに期待が高まる。もしかしたらお日様が鳥居の間から見られるのではと。で、トップの写真。期待にそむかず、見事に鳥居のど真ん中にお日様が有りました。これですべて結果良し、ということになりました(笑)。
正宮に参拝した時も、幔幕が風でなびいて中がすっかり見えましたしね。

e0181546_22394311.jpg前日の16時過ぎにも内宮に参拝したのですが、そこでも日頃にない体験が。正宮に向かっていたら、神楽殿で多くの神主が動いていた。なにかの儀式とは思ったが、そのうち4名の神主が皇宮警察の案内を受けながら正宮に並んで向かった。

追い越さないようにとのことでついていったら、正宮前の階段下で参拝客は足止め。神主たちは正宮の正面から中に入っていった。そのあと階段上まで行けたのだけれど、参拝もまた足止め。また神主たちがやってくるらしい。しばらくして女性一人と20名以上いたのではと思われる神主が階段を上ってきて、やはり正面から中に入り、右手の建物に入っていった。

女性は皇族だろうと思ったが誰だかわからず。あとで聞いた話では、現在の祭主・池田厚子の補佐役として伊勢神宮臨時祭主に就任している黒田清子さんだとのこと。地元の方も、正宮の正面が開いて、そこから人が入っていくというのは初めて見たとのこと。貴重な体験だったようです。
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by kurijin-nichijo | 2012-12-16 23:01 | 旅日記


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