栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
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半身動作研究会「歩くと走る」
e0181546_1094984.jpg昨晩は中島先生の半身動作研究会「歩くと走る」に参加。講座自体はいろいろな切り口から開かれていて、それぞれ興味はあるのだが、諸事情で今は「歩き」に関連する講座を月一回は受講するようにしている。

初めは甲野善紀先生の本等で筋トレではない本来の身体の使い方への興味から入った。甲野先生の講座にも一度参加したものの、その動きの凄さしかわからない。自分にも理解できるアプローチを探して別な講座にも参加したりしていたけど、mixi繋がりで中島先生に辿り着いた。

私の主目的が「歩きを極める」なので、講座で学んだことなどを反芻しながら、日頃歩いてはいるのだが、なかなか身に着かない。長年の癖でどうしても特に右膝が内側に入る。その原因としては足の親指側で蹴り出して歩く癖がどうしても抜けない。

その辺りは少しはましになってきたかなとは思うが、そうしないように気をつけてはいるのものの、足で蹴り出す癖から逃げられない。昨日もゆっくり走りをしていたら右のアキレス腱が張ってきた。蹴っている証拠。

他の参加者からの流れで姿見を使った。合間にその前に立ってみたら、右肩に比べ左肩が上がっている。高校に入って陸上部の最初の練習の時に先輩にも指摘されたことがある。50年以上の付き合いなのかもしれない。

中島先生に聞いてみたら、重心が右に偏ってるのかもしれないとのこと。振り返ると、全てというわけではないけれど、右膝やみぎアキレス腱に問題が生ずることが多い。気持ち左側に重心を寄せて動いてみたら、という指摘を受けてやってみたら、それだけで随分と動きがスムーズになった。指摘された直後は効果的だけど、しばらく経つと戻ってしまう、ということもよくあるので一概には言えないけれど、しばらく意識をそこに向けて試してみます。

半身動作研究会の「技あり」ブログ
http://hanmidosa-waza-ari.cocolog-nifty.com/blog/
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by kurijin-nichijo | 2012-10-18 10:38 | 歩行術・古武道
alpha(二胡&アルバのデュオ) LIVE in 天真庵
e0181546_10101689.jpg15日(月)は押上にある長屋茶房天真庵での二胡とアルバのデュオのライブ。

今井美樹さんが来るという話に乗せられて、布袋さんは来ないのかなどとふざけていたら、その流れでライブ行くことになった。ちなみに二胡奏者がMikiさんという山口在住の女性で、字まで同じかどうかはわからないが、同姓同名とか。アルバ奏者はTakakoさん。これに曲によってギターの男性(お名前失念)が加わる。

驚いたのは二胡の音量。若干PAも通してはいたが、休憩時に傍で弾いてもらったら響きが通る。演奏を聴いていて、まるで歌っているような感じがしました。二胡は二弦。竿と弦の間に弓に張った弦(正式名称が不明なので、以下「弓弦」)を通すので、一度弦を張ると本体と弓は分けられない。

それだけでも「へ~ぇ」と思ったけど、弓弦は表側と裏側両方を使うという意味が分からなくて尋ねたら、弓弦はさらに2本の弦の間を通ってて、二度目の「へ~ぇ」でした。

アルバにもビックリ。てっきり膝の上に載るくらいの大きさとばかり思ってましたが、意外と大きかった。クラシックで見るハープよりも一周りか二周り小さいだけ。クラシック用は47弦固定らしいですが、アルバは37弦から41弦まで自由度があるそう。あのハープ独特の音色は、そっと心に沁み込んできますね。

ギターは4種類くらい持ってこられて、あれこれと使ってられました。そのうちのチャランゴという4弦のギターはアルマジロの甲羅を使ったもの。今では作れないし、輸入も国内持ち込みもできない貴重なものだそうです。ちょっと音を出させてもらったら、全くの開放弦でも和音になってる。聞いてみたらG6になってるそうでした。

なんか「今井美樹」という言葉に引っかかって、巻き込まれて行ったようなライブでしたが、結果なかなか楽しく豊かな気分になれました。やっぱりライブはいいですね。
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by kurijin-nichijo | 2012-10-17 10:46 | 音楽
朱(あけ)の海~巾着田
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知人のFACEBOOKで写真を見て驚愕。遠い所かと思ったら、日高市の巾着田の曼珠沙華の群生だという。巾着田ならその昔、高校時代に仲間とハイキングに行き、その辺りを歩いたことがある。

その写真の赤の群生は圧倒的で、ネットで調べたら1週間延長して、今日まで曼珠沙華祭りをやっているとのことだったので、急遽行ってきた。我が家から1時間半ほどの距離。「巾着田曼珠沙華公園」は今年の場合、9月10日から10月10日までが有料期間(200円)。今年は暑かったため開花時期が遅れて、この時期でもまだ咲いているようだ。

実際、高麗駅からの最寄りの入り口近くにある群生はもう盛りを過ぎていた。奥に遅咲きの群生があるというので、撮影スポットを探しながら散策。なんだかんだと100枚近くの写真を撮ってしまいました。デジカメならではですね(苦笑)。

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肉眼で見ると遅咲き地帯でも盛りを過ぎている花も有り、なんとか好みのスポットを選んでみました。写真にすると便利なのは、赤が強いので萎れ気味の花でも接写でなければそれなりに写ってしまう(笑)。

もう少したつと、今度はコスモスの群生、そして春には菜の花の群生が見られるとか。黄色い海もまた見てみたいと思います。

余談ですが、高校時代と言ったらもう40年前。その時は、山から下りて駅に着いたら西武池袋線が不通。駅で開通を待つ間、ホームで仲間と当時はやってたフォークダンスの一つジェンカなどを踊ったりしてたら、JR川越線経由の臨時電車が出て、無事帰ってきたのを思い出しました。古い記憶は直ぐに蘇ります(笑)。
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by kurijin-nichijo | 2012-10-08 22:53 | 旅日記
橋本治「『みんな』の時代」~朝日新聞9/28朝刊記事
9/28(金)の朝日新聞には「『みんな』の時代」という橋本治さんの寄稿も載っている。
e0181546_10522019.jpg
冒頭のロンドンオリンピックメダリストたちの銀座パレードに対する見物客たちの熱狂具合について、メダリストたちが「国民のヒーロー」ではなく「みんなのヒーロー」だったから、という指摘にはピンとこないところがある。批判とかではなく、個人的にはどちらにも実感がないということですけれど。

手短かに纏めるのは難しいけれど、自分なりの纏めとすれば次のようになるのか。ちなみにこの場合の「みんな」は「みんなの党」という政党を意味しているわけではありません。

日本人の中に「国民」という括りが弱くなってきている。
「みんなの中の一人」という意識が強くなってきている。
「みんな」の時代ということを踏まえて、
「みんな」自身も政治家等も頭を使っていかなければならない。


橋本治さんの文の一部を抜き書きして、参考にしておきます。

「国民」という括りが、日本人の中から遠くなっているように思う。

いつの間にか日本人が「自分たちは日本国の国民だ」という考えをしなくなっていることである。

「みんな」の結集は、ワンテーマでしか起こらない。それ以上のテーマがあったら内輪揉めが起こる。

東日本大震災の被災現場で大きな力になったのは、ボランティアという名の「みんな」で、日本人はそういう「みんな」を結成できるところまで成熟した。

「みんな」というのは横並びの関係なのだ。だから、上に立つリーダーが力を持ってしまうと、「みんな」という集団にも亀裂が生まれてしまう。

リーダーに必要なのは決断力と、同時に「みんなの声を拾い上げる力」で、それは「みんなと喧嘩をしても平気な信念を持つ」である。

大震災以降、いろいろな文章を読む中で、個人的には村上春樹、高橋源一郎、橋本治三氏のものが心の奥まで響いてくる。寄って立つところが明確であると、時代の流れを、流れの内外から見られるということなのか。ここ20年以上、小説をほとんど読まなくなっていますが、また読みたくなってきました。
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by kurijin-nichijo | 2012-10-05 11:30 | 時事


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