栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
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桜第一報/春一番のない春
e0181546_22413446.jpg今日はさすがに暖かかった。午後から風も強くなってきた。今年は春一番宣言がなかったように思ったけど、やはり今日のは「春一番」とは呼べないらしい。なんか春分の日より前に吹かないといけないとかで、今年は春一番は出走取り消しとなったらしい。

毎年恒例の桜前線狂騒曲も今年は静かで、ようやく今週になって話題に上ってきた。東京は今日が開花予想日。が、靖国神社の基準木ではまだ固い蕾。今朝のニュースではあと2~3日はかかりそうとか。

とはいうものの、同じ東京でも、場所により、木により、基準木に関係なく咲くときは咲く。統合で廃校になった母校の桜は咲いてました。八分咲きくらいでしょうか。いよいよ春。せわしない感もあるけれど、やっぱり好きな桜のシーズン。ようやく始まります。
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by kurijin-nichijo | 2012-03-30 22:53 | 時事
高橋源一郎氏「正しさ」連続ツイート
高橋源一郎氏の連続ツイートを、このブログでよく紹介するので、知人から余程氏が好きなんだね、とコメントいただいた。実は無私は氏の良き読者ではない。せいぜい処女作だったか「さよなら、ギャングたち」を読んだくらいで、ついでに内容は忘却の彼方。でも、ツイッターでフォローしたら、我が意を得たり、と思う内容が多いので、とても励みになる。
今回の内容も心にしみてくるので、紹介します。
実は2回目の投稿チャレンジ。一度目は完成直前で昇天してしまいましたが、めげずに。

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「午前0時の小説ラジオ」・本日の予告編① 一月半ぶりぐらいでしょうか。小説ラジオを今晩やる予定です

「本日の予告編」②・「「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について」という本を出しました。この本には、去年の3月11日から1月1日までに書いたツイートと、その間に書いたものの多く(長いものはその冒頭)を載せています。ぼくは去年、ずっと震災と原発のことを書いていたようでした。

予告編③ ツイートは本にしないと決め、そのことはずっとここでもいってきました。けれど、この300日ほどの間のことは残したいと思ったのでした。だから、それ以外の期間のツイートは載っていません。これからも本にはしないつもりです。

予告編④ 振り返ると、ぼくはその間ずっと、「正しさ」とはなにかと考えてきました。できるだけ厳密に、できるだけ自分勝手ではなく、でも、できるだけ素早く、考えたいと思ったのでした。そのことを考えることは、ぼくたちがものを考える時、もっとも大切なことのように思えたのでした。

予告編⑤ この一年考えていた「正しさ」について、それからそのあと、考えきた「正しさ」について、ぼくたちを悩ませている「正しさ」について、これまでとってきたメモを見ながら、できたら、何日か続けて、ツイートしてみたいと思っています。聴いてくださると嬉しいです。では、午前0時に。

「午前0時の小説ラジオ」・「あの日」からぼくが考えてきた「正しさ」について① ハンナ・アーレントという、とても優れた、ユダヤ人の女性哲学者が、ナチスドイツの強制収容所の所長で、「人道に対する罪」に問われた、アイヒマンの裁判を傍聴した記録が残っている。有名な本だ。

「正しさ」② そこで、アーレントは、アイヒマンを厳しく批判している。もちろん、アイヒマンは、あらゆるところから非難されたのだ。人類の敵。殺人鬼。けれど、アーレントの批判はもっとも深いところからされたのだった。アイヒマンは「仕方なかったんだ」と答える。「命令に従っただけだ」と。

「正しさ」③ アーレントは、その、大きな罪を犯した人間の「小ささ」に衝撃を受ける。彼は自らの意志で進んで罪を犯したのではないのかもしれない。だからこそ、その怠慢の故に、罪を犯す意志の不在の故にこそ裁かれねばならない、とアーレントは考えた。「悪の陳腐さ」こそが悲劇の原因なのだと。

「正しさ」④ そして、アイヒマンを弾劾したその刃で、なすすべもなく虐殺に加担してしまった者、消極的に関わらざるをえなかった者、犯罪を見逃した者、抵抗などできないと座りこんだ者の罪を問う。そして、その苛烈な追及は、積極的に抵抗することを選ばなかったユダヤ人同胞にまで及んだのである。

「正しさ」⑤ ぼくは、アーレントを読みながら、彼女のいうことが全く「正しい」と思いながら、どうしても、諸手をあげて賛成することができなかった。彼女の峻厳な「正しさ」、ついには犯罪に対して無知であることさえ罪になる、その清浄な空気の世界では、ぼくは生きられないと感じたのだ。

「正しさ」⑥ 彼女の理想とする世界で生きられる住人は、いったいどのくらいいるのだろう。彼女が厳しく責める「悪」の反対側にしか「善」がないとしたら、その「善」の世界は、あまりにも息苦しいのではないか。ぼくは、そう感じたのだ。

「正しさ」⑦ どのような状況にあっても、人間的な叡知と倫理を失わない者だけが「正しい」なら、「正しく」ありつづけることができる人間はほとんどいなくなってしまうだろう。これが、アーレントのような、高潔で、論理と倫理を究めようとする人間がいう「正しさ」に対する、ぼくの不満だ。

「正しさ」⑧ 「正しさ」への不安は、まだある。一つは、「正しさ」を原理的に究めようすると、そこに至る者などいなくなってしまうかもしれないことだ。それはすでに述べた。だが、そこにたどり着かなくとも、もっと手前で、ぼくたは、大きな問題にぶつかるのである。

「正しさ」⑨ とりわけ、「あの日」以来、ぼくたちは、二つの「正しさ」の前で選択を迫られることが多くなったように思える。あなたは「原発推進」派ですか、「反原発」派ですか? 低レベルの放射線は危険だと思いますか、思いませんか? 増税は必要ですか? TPPに反対? 賛成?

「正しさ」⑩ しかし、正解は、ほんとうに、その二つのどちらかなんだろうか。そして、いやいや、そのどちらかの答を選ぶと、それに反対する人たちから、「この資料を知らないのか?」とか「こんなことも知らないのか?」と罵られなければならないのはなぜなんだろうか。

「正しさ」⑪ 無理矢理回答を迫ること、その回答者に、専門家なみの知識を要求すること、自分の意見だけが「正しい」と考えること、その結果として、自分の意見の反対者は、無知で愚妹な人間か「悪」であると考えること、「悪」であるから排除して当然と考えること。おかしいじゃん、どれも。

「正しさ」⑫ それらがどれも不自由に感じられたら、不自然に思えたら、そういうことじゃないんじゃないかなあとつぶやきたくなったら、そんなことよりもっと大切なことがあるじゃんといいたくなるのなら、そういう、自分の直感、内側の声に耳をかたむけたい。それをこそ、大事にしたい。

「正しさ」⑬ うん。こうやって、ぼくがいっていることも、すごくマジメすぎる感じがするな。というか、息苦しいな。「正しさ」を求めることは怖い、というぼくの言い方も、なんだかちょっと不自由な感じがするんだ。人は、なにかを否定しようとすると、たいてい、その否定するものに似てくるんだ。

「正しさ」⑭ この間、「吉本隆明が語る親鸞」という本を読んだ。吉本さんが、親鸞というお坊さん(が語ったこと)について語っている。千年近くも前の人が言ったことなのに、いま、目の前でしゃべっているように、強く説得される。ほんとに不思議だ。ぼくも仏教のことなんか、ほとんど知らないのに。

「正しさ」⑮ 親鸞が生きていたのは、戦乱と飢饉と震災の続いた時代だった。いまと同じような、というかいまよりずっとひどい時代だった。その頃、優れた僧侶は、文学者でもあり、哲学者でもあり、同時に社会の改革者でもあった。苦しむ一般民衆の中に入りこんで、その中で行動し、考え、共に悩んだ。

「正しさ」⑯ 親鸞のことばでいちばん有名なのは「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」だろう。善人だって浄土に救われるのだから、悪人の方が救われやすいに決まってる、と親鸞はいう。でも、これ、どういう意味なんだろうか。悪いことをした方がいいってことなんだろうか。

「正しさ」⑰ 実際に、親鸞のことばをそんな風にとって「悪いことをいくらやったっていいんだ、どうせ救われるんだから」といった弟子もいた。まさか、そんなバカなことをいうわけがないよね。親鸞の意図は、もっとずっと別のところにあったんだと思う。もっとずっと、深い意図が。

「正しさ」⑱ 親鸞は別のところで、弟子に「おまえはおれの言うことならなんでも信じるか」といった。弟子は「はい」と答えた。すると親鸞は「それなら、おまえは人を1000人殺して見ろ」といった。弟子は「いや、いくらあなたの仰せでも、わたしには人を一人殺す器量もありません」と答えた。

「正しさ」⑲ すると親鸞は「そうだろう。殺すべき機縁があれば、人間は1000人でも殺すことができる。けれども、殺すべき機縁がないと一人だって殺せない。それが人間というものなんだ」と答えたのだった。.

「正しさ」⑳ その頃、ふつうの人びとには悩みがたくさんあった。いまもだけれど。現実が苦しいからこそ、死んで浄土に行くことが大きな夢だった。けれど、どうすれば、浄土に行けるのだろう。善いことをたくさんする? 難しい仏教の哲学を勉強する? 苦行する? どれもふつうの人には無理だった。

「正しさ」21・生活が苦しい庶民は、ふつうの意味では「悪い」こともしなければならなかった。難しい仏教の哲理なんか誰も教えてくれなかったし、そもそも、字すら読めなかった。親鸞が相手にしたのは、そういう一般人だった。彼らを救わなければ、仏教に意味なんかないと彼は考えたんだ。

「正しさ」22・だから、親鸞は、人間というものはやむにやまれず「悪い」ことをしてしまうものだといった。でも、同時に、そのことを恥ずかしく、つらくも感じて、思わず、意味もわからず、「念仏」を唱えたりする。それでいいのだ、といった。人間というものはそれ以上でもそれ以下でもないのだと。

「正しさ」23・当時、親鸞の回りには、深い信仰を持つ高僧たちがたくさんいた。でも、親鸞は変わっていた。他のエラい坊さんはどうかしらないが、私はグラグラしている。浄土に行くことが嬉しいと思えるときも思えないときもある。仏の教えを信じているときも、なんか信じられないときもある。

「正しさ」24・でも、ふつうの人間はそうじゃないだろうか。そういう人間を相手にするのが宗教じゃないのか。なにか絶対に「正しい」教えがある、って変じゃないだろうか。親鸞は、不信仰の人、「悪い」ことをしてしまいそうな人、いや、宗教から離れそうな人たちとの絆を絶対に切ろうとしなかった。

「正しさ」25・アーレントの「正しさ」は、最終的に、弱い人たちを「向こう側」に追いやる。その「正しい」者たちの共同体には、「正しくない」者は入れない。悲しいことに、大半の人間には入る資格がないのである。アーレントほどの厳密さでは、ふつうの人には「正しい」行いなどできないのだから。

「正しさ」26・親鸞は、アーレントとは逆に、「悪」と「善」の距離を縮めた。もちろん、親鸞は「悪い」ことをしていいといったのではない。そのようにせざるをえない人間という生きものの運命を、深く知るべきだといったのである。少しだけ「悪く」、少しだけ「善い」、そういう生きものなのだと。

「正しさ」27・親鸞の目の前で、仏教の「正しい」教理をめぐって、血で血を洗う闘争が続いていた。「正しさ」をめぐって戦っていたのは、仏教だけではなかった。そして、おそらくは、千年の後のいまも、同じことは続いているのである。

「正しさ」28・「正しく」なければ「間違っている」のか? そんなことはない。「どちらが正しい」か決めなければならないのか? その間にこそいくつもの回答が眠っているのではないだろうか。ぼくたちの間を分断しようとするもの、それがどのようなものであれ、それが「正しい」とは思えないのだ。

「正しさ」29・一度呟いたことがある。鶴見俊輔さんは、日本の歴史の中で教師たちが唯一光り輝いていた時期が、一度だけあると。それは、昭和20年、敗戦直後のことだった。教師たちは、自分たちが教えていたものがすべて「間違い」だと生徒の前で認めた。確かに、中身は国が決めたものだ。

「正しさ」30・けれども、戦争への道を教えたのは、「私」だと先生たちはいった。「正しさ」を失って、先生は生徒の前に立ち尽くした。そこに、上下の関係も、優劣の関係もなかった。なにが正しいのかわからない、という事態を前にして、先生と生徒は、ひとりの人間同士として向かい合っていた。

「正しさ」31・やがて、「民主主義」という新しい「正しさ」を教えることになり、かつての「先生」と「生徒」の関係が復活した。すべては元に戻ったのである。「正しい」知識を生徒に教える先生という立場、それを黙って聞く徒という立場とに。今晩は、ここまでです。聴いてくださって、ありがとう。

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私もこのツイートの中にも出てくる「吉本隆明が語る親鸞」を今読んでいる。この本に関することは別途書きたいと思うが、なかなか難しい時代に入ってきたという気がする。

「分断線」。以前にもそれについて氏が連続ツイートしていた(下記参照)。
http://kurijin.exblog.jp/16185837/
私自身、どれほどそれを引いてきたか。ツイッターでも意見が合わない人たちに対して「逝ってよし」などという言葉が飛ぶ。お互いの存在を認めつつ、というスタンスをどうやれば取れるのか、自分でもよくわからない今日この頃です。
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by kurijin-nichijo | 2012-03-04 11:45 | 時事
渡辺京二「黒船前夜」
e0181546_11103680.jpg「黒船前夜~ロシア・アイヌ・日本の三国志」を読んだ。渡辺京二氏の著書を読むのは2冊目になる。日本が開国する以前、18世紀半ばから19世紀初頭くらいまでの、蝦夷地(北海道)から樺太、千島列島を中心とした情勢に関する内容だ。

「逝きし世の面影」ほどのインパクトは受けなかったけれど、その時期の蝦夷地周辺の緊張感はよく伝わってくる。江戸幕府は海外事情に疎く、外国使節への接触の仕方がわからず、右往左往するだけだった、というような状態ではなかったことはよくわかる。海外諸情勢を踏まえた上で、蝦夷地経営に携わっていたようだ。

まだ北海道以北の地理が確定していない、したがって国境も画定していない時期、対応を誤れば北海道も他国領と主張されかれない中、幕府もしっかりとした対応はしていたようだ。まあロシアも極東に進出するにはいろいろと事情を抱えていて、そう簡単には動ける状態にはなかったようだが。

この本の終わりを飾る日本の幽囚となったゴローヴニンと、その解放のため人質とされた高田屋嘉兵衛に絡むエピソードも興味を惹く。ゴローヴニンが解放され旅立つときの、その交渉に尽力した高田屋嘉兵衛に向けられたロシア船員たちからの「ウラー、タイショウ!(大将、万歳!)」という声が私には聞こえるようでした。

渡辺氏にはこの他にも「日本近世の起源」「神風連とその時代」「江戸という幻景」等々の著書があるようだ。久々にシリーズで読んでみたい作家に出会いました。
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by kurijin-nichijo | 2012-03-02 11:43 | 歴史
「おかえり、はやぶさ」試写会
e0181546_230728.jpg今晩は「ありがとう、はやぶさ」の試写会に行ってきた。「はやぶさ」ものは3本も映画化されている。竹内裕子今晩の主演のもの、渡辺謙主演のものと今晩のもの。竹内裕子主演のものも試写会に当たったのだが、用事があり知り合いに譲った。

正直な話、ストーリーが杜撰で、登場人物の関係性もあまり感じられず、どこか解説書的。と思いながら見ていたんだけれど、なぜか眼に「汗」がにじんできた。本人が「なんじゃこれっ!」状態(苦笑)。

そんな時に思い浮かんだのは「忠臣蔵」。子供の頃は平均的な日本人(?)のように大好き。最近は見飽きたこともあるけど、お殿様がこらえ性がなかったんじゃないの、という気もあって、ドラマ等でも積極的に見ようとは思わない。のだけれど、討ち入りのシーンになると、やっぱりテンションが上がってきてしまう。往年の高倉健さんのやくざ映画もおんなじようなもの。

もしかしたら、日本人にとって「はやぶさ」ってそんな存在になっているのかな。そんな気がして、他の二つの「はやぶさ」も見てみたい気になってきました。
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by kurijin-nichijo | 2012-03-01 23:19 | 映画・芝居


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