栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
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特別展「円空~こころを刻む」
e0181546_1544415.jpg円空の仏像に惹かれて、飛騨から名古屋まで回ったことがある。もう30年ほど前になるが、車だったのでかなりの奥地まで、住所を頼りに訪ね回った。

その円空の埼玉県にあるものを中心にした展覧会が開催されているので、一昨日行ってきた。円空仏魅力というのは私にとってなんなんだろう。今回観て、土偶にも通ずる造型上の割り切り方にあるのかな、という気がした。

たしかミケランジェロの逸話だったと思うが、道端に転がっていた大理石を見て、この中に神が宿っていると叫んで像を彫ったという話。勿論全ての円空仏が該当するわけではないけれど、丸い木材を二つに割り、はたまた三つ、四つに割り、割られた側の面にその木目等も生かした像を彫っていく。そこに勢いと割り切りを感じる。

写真が無いので説明しずらいけれど、今回の展示の中では小さくて細身の神像二体に心惹かれた。丸太を割ったというより、その時に出来た端材を使って彫ったようなシンプルなもの。節なんかもそのままに、造型として取り込んでしまっている。一木一草全てに神仏が宿っているということを、彫ることで表現していたのかもしれません。

今回の展示は27日(日)まで。またどこかで展示があったらぜひ行って見たいです。

会場は大宮公園の中。大宮公園に行ったのも何年振りだろう。50年を越えるかもしれません。帰りに武蔵一宮氷川神社にもお参りしてきました。
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by kurijin-nichijo | 2011-11-24 16:07 | 歴史
「タンタンの冒険」&「恋の罪」
e0181546_10171638.jpge0181546_1017367.jpg先週金曜に「タンタンの冒険~ユニコーン号の秘密」の試写会に行った。
ストーリーも面白かったし、CGのレベルも相当に上がってきてるのがわかりました。3Dではなく2Dのものでしたが、風景の描写なんかは素晴らしいです。ただ人間の表情は眼とか口辺りはともかくも、その他はやはり限界があるようですね。

ある本で読んだけれどCGで人間の顔を本物のように見せるというのは大変なことらしい。「ベンジャミン・バトン~数奇な生涯」という映画。年老いた姿で生まれ、年齢と共に若返っていくというブラッド・ピット主演の映画。若い頃の「老人」顔はCGで作るわけだが、子の顔はあくまでブラビでなければいけない。そのため彼の顔全体の筋肉等々の動きを全て分析して合成したそうだ。そうしないと観客には不自然さが見えてしまうとのこと。これによりCG制作者はアカデミー賞を受賞した。

人間の表情って言うのは複雑で、しかもそれを他の人間は判別しているっていうのが凄いなぁと思う。


「恋の罪」は、土曜日に目的地についてから予定がキャンセルになってしまったので、そのまま帰るのもなんだったので、ネットで調べて時間的に丁度良かった新宿で見た。
が、なんとも難解な映画でコメントしようが無い。昔、円山町で起き、最近もその犯人と目される人が冤罪だとさわがれている東電OL殺人事件を題材にしたということだが、私レベルではそれに関係が有るのかどうかもわからないくらい、ただ難解。

妙に印象的だったのが女刑事の不倫相手を演じたアンジャッシュの児島氏。台詞回しなんかは上手いとも思わないがあの無表情さははまっていたかも。

しばらく時間が経ってふと気付くと、私の印象の中で「恋の罪」という題と内容が全くリンクしていない。なんとも不可思議な映画でした。
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by kurijin-nichijo | 2011-11-23 10:47 | 映画・芝居
一人ナンバ歩き大会~葛西臨海公園へ
e0181546_16151998.jpg昨日は久し振りに思い立って、北区の自宅から荒川沿いに葛西臨海公園までウオーキング。思い立ってと言っても、実は先々週末に実行しようと思ったのだが、グズグズしていて「発進」出来なかった。土曜は雨だったが、日曜は晴れでしかも気温も高いとの予報。ここで行かないと、今年はもう根性を失くしそうだったので、えいやっ!!、と出かけた。
iPad2で荒川に架かる橋をポイントにしつつ、東京スカイツリーの写真を添付してTWITTERに投稿しながら歩いた。なので、ここでは空の写真を中心に書いてみます。最初のは日曜朝の我が家の窓からの写真。

e0181546_162579.jpg右の写真は堀切橋での空と雲。

今回の主目的は「憂さ晴らし」(笑)。溜め込んだ鬱憤を発散するための、いわば「やけ歩き」。気温も高いので愛用のサンダル様ウオーキングシューズ「ウエーブリバイブⅡ」を履いて。とはいうものの、いちおうチェック点はある。

①歩き終わっても大腿四頭筋、脹脛に筋肉痛が無い。
②同様に足裏に肉刺(まめ)を作らない。
③適当な下り坂をブレーキを掛けずに駆け下りる。
④調子がいいようなら、何回か小走りしてみる。
⑤上記も含め、長距離歩行で全体的に足に何か不調が生じないかどうか。

e0181546_16354594.jpg左は葛西橋からの風景。

①についてはほぼ問題なし。
②については9月末の山歩きと履物の関係で、まずき問題ないだろうと思っていた。が、歩くにつれて、まずは右足裏の親指の根元にもしかしたら肉刺かもという違和感。やがて同じく踵に違和感。目的地に近づいた頃、今度は左足裏の小指のあたりに違和感。帰着後チェックしてみたら、やはり右足踵と左足小指の辺りには肉刺ができてました。これじゃあまだまだですなぁ。

e0181546_16472863.jpg右は荒川河口の写真。首都高が大きくカーブしている。

③は一度だけやってみた。というか一度しかできなかった。下り坂は速度を抑えようとすると膝を含め脚に負担がかかる。脚に負担を掛けない方法は、ブレーキを掛けずに脚の回転で対応するのがいいらしい。で、やってみたら直ぐに右脹脛に違和感。筋肉痛というよりは筋を痛めたような感覚。歩けなくなるような痛みではないのだけれど、これはまだまだ身の程知らずでした、と1回でギブアップ。

④については③の絡みも有り、その気が湧いてきませんでした(苦笑)。

e0181546_1656253.jpg⑤の全体的な問題としては、まずは違和感のほとんどは右脚に絡んでいるということ。足裏の接地の仕方に難があるというのが実感。それとどうしても、とくに右脚は地面を蹴ってしまう癖がまだ抜けていないということのようだ。

それから終盤には左右の足首に違和感が出てきた。これも別に痛くて困るというほどの問題ではないけれど、負荷がかかってきしんでるような感じ。比較的問題が無かった左脚も含めて、まだ蹴って移動するというのが残っているということかも知れません。

久々に長い距離を歩いてみると、歩行のスペシャリストへの道のりはまだまだ遠いということを自覚できますですねぇ(苦笑)。

最後の写真は葛西臨海公園駅前の噴水、そして観覧車越しの夕景。実は噴水の真ん中にもう少し高い水柱があったんですが、シャッターを押す瞬間に止まってしまいました。シャッターを押す「決定」をしてから、実際にシャッターを押すほんの短い間の出来事ですから、まぁタイミングというのは笑わせてくれますね。

ちなみに9:56に家を出て、葛西臨海公園に着いたのが15:40前後。5時間半強の行程でした。ただ写真を撮ってツイートしながら、そして休憩もしましたので、実際に歩いていた時間は5時間程かなと。時速5kmくらいでは歩けていると思えるので、総距離は25km強ではないかと思われます。
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by kurijin-nichijo | 2011-11-21 17:13 | 歩行術・古武道
走るために生まれた BORN TO RUN/№5
e0181546_9564372.jpg本の紹介のつもりが、個人的な備忘録みたいになってきてしまいましたね。今回はの画像はネタ切れになったので、以前「ランナーズ・ハイ」で検索した時に拾ってきたものを。

人類が「立ち上がった」のは、呼吸をやりやすくするため、そして速さはないが長く走り続けるため。つまりは動物性たんぱく質を摂取するために「持久狩猟」をするためなのではないか、という仮説にようやく辿り着きました。

それではそれが実際にできるか証明できるかというと、これはなかなか難しい。その「言い伝え」はあちこちで見つかる。でも実際にそれをやれる人々はもう残っていなかった。

それではということで、ある人物が自分でやってみることにした。ワイオミング州で狙いをつけたレイヨウを追いかける。レイヨウだって命がかかっている。単に逃げるだけではなく、群れの中に紛れて個体を特定されないようにする。見事に失敗。

やはり実証は無理かと諦めた頃、実際に体験したという人間が現れる。ブッシュマンの、しかも近代的生活からの反乱分子、カラハリ砂漠でたった6人しか残っていなかった真のハンターに巡り会い、生活を共にした「数学者」。

「数学者」は彼らと行動することで学ぶ。シマウマの糞の山を見て、どの糞がどのシマウマのものか判断できるようになる。腸内の隆起や溝によって排泄物に固有のパターンがあるらしい。

足跡等の痕跡が無い場合は「行き先を予測するために動物になったつもりで考える」ことで、行動する。「推論的狩猟」と言うらしいが、これが人間の脳を高度化させた要因ではないかという説もある。

ブッシュマンたちはグループで動き、狙った動物を追う。森に隠れると、一人が動物たちを直ぐに日向へと追い立てる。群れは散集を繰り返すけれど、狙った個体の後ろに回りこみ孤立させ、休ませない。狙いの個体に迷ったら、足跡を調べ追跡対象を絞りなおす。こうすることで、「狩」が成立する。

Born To Run 人間は走るために生まれた。まだまだこの本からのメッセージを伝えたいことは沢山有るのだけれど、尻切れトンボに近いかもしれないけれど、ここで一区切りにします。個人的には、今いかに楽に歩けるかを試行中ですが、比較的に上手く歩けていると感じる時は、だんだん小走りになりたくなってきます。

ふと思うと、子供たちというのはやたらに走りまくっている。自分もそうだった。ならばやはり人間はもしかしたら歩くよりも走るほうが得意なのではという気もしてきました。これも今ふと気付きましたが、「競歩」ってあまり自然な動きではない気もしますし。

ちなみに私が小走りになりたくなる時に履いているものは雪駄とか、何度か紹介しているウエーブリバイブというサンダル状のウオーキングシューズ。やはり「鼻緒」というのは重要な気がします。
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by kurijin-nichijo | 2011-11-18 10:49 | 歩行術・古武道
走るために生まれた BORN TO RUN/№4
e0181546_1162185.jpgさて、このシリーズ書き込み、今日で終われるのか(苦笑)。写真はタラウマラ族(本来はララムリ族)を取材したDVDがあるらしい。ちょいと高いけど内容見てみたい。

人類は走るために必要な身体的な構造を持っている。何故なのか?

どう考えても他の動物と比較して早いとは思われない。チーターとか馬と競争して勝てるとは思えない。でも、距離を加味したらどうか。短距離では無理だけれど、長距離走ならどうであろうか。

チーターの走り。地面を蹴る時に思いっきり身体を伸ばし、接地の時に身体を丸める。これは接地の時に内蔵が肺に食い込み空気を吐き出し、身体を伸ばした時には内蔵が後方にスライドして空気を吸い戻す、という動き。つまりは1スライドで1呼吸しかできない。調べると、走る哺乳類は例外なくそのサイクルに縛られていた。例外はただ一つ。

毛皮をまとった動物たちは体温調節システム全体がが肺に託されている。人類は発汗によって体熱を発散できる。それは進化史上最高の「空冷エンジン」。走る哺乳類は体内の熱を口から吐き出せなくなった時点で動きを止める必要があるが、人類は汗をかき続ける限りは前進出来る。

つまりは短距離のスピードでは適わないにしても、ある個体を執拗に追い続けることが出来れば、狙われた個体は熱中症で倒れてしまう。

ホモ・エレクトゥスの登場は200万年前。弓矢の発明は2万年前。槍の穂先が出土するのは20万年前。武器がなければ狩猟ができないと仮定すると、出現してから180万年程は人類は全くの「草食系」だったことになってしまわないか。

そうでないとすれば、何らかの方法で狩をやっていたことになる。それが「持久狩猟」なのではないだろうか。

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ということで、結局今日も終わりませんでした(苦笑)。う~ん、なんともですが、続きます。きっと明日まで…じゃないかな…
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by kurijin-nichijo | 2011-11-17 11:50 | 歩行術・古武道
走るために生まれた BORN TO RUN/№3
e0181546_10172543.jpgそういえば、先日のNHK杯フィギュアで「BORN TO RUN」という曲で演技していた選手がいた。曲があるくらいだから結構話題にはなっていたのかな。写真は「BORN TO RUN」の英語版。

さて、人類は地球上のどの生き物よりも上手に空気を吸うために「立ち上がった」。何故?

一般的には種は自分が得意なことに応じて進化する。人類は拳を地面から話したことによって、本来の速さと上半身の力をなくした。何故?

強さと速さを同時に手放すのなら、進化上の見返りは? その代わりに驚くべき何かを手にしたとは考えられないのか。そうでなければ、人類はより弱い生き物に進化したことになってしまう。ネアンデルタール人はホモ・サピエンスより体力も知力も優れていたと考えられている。が、生き残ったのは後者。何故?

動物を走るものと歩くものに分類する。前者は犬とか馬、後者には豚やチンパンジーが入る。チンパンジーと人間はDNA配列の95%は共通とわかっている。形態上の違いを当たってみる。

まずはアキレス腱。これは人間にはあるがチンパンジーには無い。
土踏まず。これも人間にはあるがチンパンジーには無い。
つま先。人間は短くて真っ直ぐ。チンパンジーは長くて広がっている。前者は走りやすく、後者は歩くのに適している。
大臀筋。人間にはたっぷり、チンパンジーにはないに等しい。
項靭帯。人間にはあるが、チンパンジーには無い。豚にもないが、犬や馬にはある。

項靭帯は動物が早く動く時に頭を安定させる働きしかなく、歩く動物には不要。大きな尻も必要なのは走る時だけ。上半身の動きにつられて前に転倒するのを防ぐためにある。アキレス腱も歩く時には何の用もなさない。

400年前の猿人、アウストラロピテクスにはアキレス腱はなく、その痕跡は200万年前のホモ・エレクトゥスから見られる。さらに頭蓋骨には項靭帯が収まる浅い溝が発見された。

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ここでまた力尽きました(苦笑)。ここまでが、どうやら人間が二足歩行を始めたのは「走る」ためだったのでは、という推定。個人的な興味が強過ぎて、掻い摘んでいるつもりが結果的にかなり詳しい内容になっちゃってます。これは著作権法に触れるかな?(苦笑)。で、またまた「つづく」です。
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by kurijin-nichijo | 2011-11-16 11:12 | 歩行術・古武道
走るために生まれた BORN TO RUN/№2
e0181546_10405459.jpg本来はタラウマラ族の人たちと現代人の「駆けっこ」に興味があって読んだんだけれど、読み進む中でそれ以上に興味を惹かれたのが本の題名に関すること。「走るために生まれた」の主語が人類であり、二足歩行の起源に関する魅力的な仮説が述べられていることだ。

ユタ大学の学生がウサギの解剖をしていて、奇妙なことに気付く。哺乳類の腹筋は強固なものに繋がる必要があるため、例外なく腰椎に根を下ろしている。だがウサギは横隔膜にくっついている。何故か。

武器を持たないウサギが捕食動物から逃れるためにはにが必要か。初めはスピードに関連しているのではと考えを進めるが、スピードをもたらす要因は他の猛獣と共有しているため、違いを見出せない。では観点を変えて、どうしたらスピードが落ちるのか、という方向から考え直す。その一番の方法は呼吸を妨げることだということに辿り着いた。

つまりはウサギはその身体の構造により、800mほどしか維持できないけれども72km強のトップスピードでで走れる。クーガー、コヨーテ、キツネはもっと長く走れるが時速は64km程度。このスピード差を活用して、追撃から逃れて安全な場所に逃げ込むことが可能になる。

とすると、哺乳類の身体で大事なのは空気を取り込むこと。それが人間の身体のあり方を決めたのではないか。二足歩行を始めたのは呼吸をするため、喉を開け、胸を膨らませ、地球上のどの生き物よりも上手に空気を吸うためなのではないか。

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いやいや力不足です。最終的に書きたいことの1/3もいかないところで、終わります。かなり要約したつもりでも、こんなに長くなってしまいました。この分だとメインの所が短くなってしまうかも知れませんが、とりあえず続きます。
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by kurijin-nichijo | 2011-11-15 11:30 | 歩行術・古武道
走るために生まれた BORN TO RUN
e0181546_16114493.jpg何時頃からかは覚えていないし、どこまで遡る昔かはわからないけど、昔の人は現代人より早く走れたのではないかと、根拠も無く思っていた。例えば江戸時代の飛脚なんてのは、今のマラソンランナーより早く走れたんじゃないか。ただし、大分以前にはなるけれど、ネットで当たった限りではそんな記録は出てこない。ただ古武術の甲野善紀氏に関連する本を読むと、「伝説」としていくつかの話が出てくる。

一例を挙げると、仙台藩に源兵衛さんという早駆けの達人がいて、早いときは江戸から仙台まで陽のあるうちに着いてしまったとか。東京・仙台間というと350kmほどらしい。陽のあるうちにというのも、夏至の辺りだと14時間ほどあるから、それで単純に割ると時速25km。マラソンの42.195kmを2時間6分で走ると時速は丁度20kmになる。世界記録は2時間3分台に入っているが、それでも平均時速は20.5kmほど。「伝説」なので信じるか信じないかという問題はあるけれど、私は本当なんじゃないかと思っている。

以前テレビで、中南米だったと思うが、矢鱈に長い距離を走る民族がいるというのを見た。その時、どれくらいの距離をどれほどの時間で走っているのか知りたくて凝視していたけれど、その点については何もなかった。見落としかもしれないけれど、もしかしたらあまりに早すぎで「放送倫理コード」に引っ掛かったんではと疑った(笑)。

最近、「走るために生まれた」という本があると聞いて、早速読んでみた。面白かったです。以前テレビで見たのもこの民族のことだったようですが、米国との国境に近いメキシコ領の銅峡谷呼ばれる奥地に住むタラウマラ族が出てくる。

彼らと足自慢の「文明国」人との競い合いの話、シューズメーカーに対する批判、そしてなぜ人間が二足歩行を始めたかの仮説の3本柱になっている。それぞれ面白かったけれど、とくに最後の二足歩行に関する仮説にとても興味を惹かれた。

それを書くつもりでPCに向かったのだけれど、ここまでで既に力尽きました(苦笑)。
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by kurijin-nichijo | 2011-11-13 16:47 | 歩行術・古武道
「アンフェア」最新版&「新少林寺」
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昨日は久し振りに1日2本の映画を観た。「アンフェアthe answer」は自費で、「新少林寺」は試写会で。

「アンフェアthe answer」はシニア割引を使ったが、あまり細かいチェックは無いと聞いていたが、しっかりと年齢が分かるものを要求された。まあ、観客が8名くらいしかいなかったから、従業員も余裕があったからかもしれない。

映画の方は、面白くないとは言わないものの、どちらかというと期待外れかな、私にとっては。警察機構の暗部にもっと迫るのかと思ってたのだけれど、続編に含みを残してはいるものの、そこまでは辿り着かなかった。

それと誰が「敵」なのかを複雑にしすぎた感がある。それがかえってリアリティに欠ける結果になっているような気がしました。


「新少林寺」の方は、前の「少林寺」を見ていないのだけれど、意外感有り。少林寺拳法が中心の映画かと思ったら、ほとんどが戦闘、というか戦争シーン。主演のアンディ・ラウの別の作品「墨攻」もそうだったけれど、攻められて結局は戦わざるを得ない状況に追い込まれる。そりゃあそうなるよね、という気持ちと、なんか違う展開はないものだろうかという気持ちの両方有り。まぁ映画なんだからと言ってしまえばそれまでだすけど。


余談ですが、試写会で配られていた「ウィンターズ*ボーン」という映画のチラシを見て、ちょっと観てみたくなりました。昔テレビで「白い冬」という映画を見てボロボロ泣いたことを思い出しました。チラシを見る限りは、「白い冬」のストーリーと同じ流れではなさそうですけれど、もしかしたら近いものがあるのかも知れません。
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by kurijin-nichijo | 2011-11-11 15:04 | 映画・芝居


by kurijin-nichijo
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