栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
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『エッ! わたしってエスパー?!』2
e0181546_179775.jpgこれは昨日紹介した『エッ! わたしってエスパー?!』という本の表紙カバーに印刷されている色曼荼羅。著者がまだチャネリングができるようになる前、妊娠中に閃いて描いたものとのこと。ぜんちゃん曰く、「この図柄には、宇宙の定義と真理が表現されている」ということらしい。

昨日も書いたように、ぜんちゃんの言葉でなにか感じたところを抜き出そうとすると、この本の60%くらいは書き込まなくてはいけないかもしれない。それじゃあ著作権上の問題もあるだろうから、自分が何回も読みたくなる部分を紹介しておきます。たったお一人ではありますが、反応もあったことですし(笑)

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深い緑のそよぎに日が射し込む路地裏で
あなたはふいに幼い頃慣れ親しんだ夏を想う
真っ直ぐに続く細い道
その先にあるのは未知の場所だった
目を凝らし暑い陽射しを片手で遮りながら 道の先を見つめる
角を曲がり急に現れたのは 自転車を中腰にこぐ子供
なにを急いでいるのか
おでこに前髪を汗で張り付けたまま 赤い顔を輝かせている
きらきらひかる瞳と自然にゆるんでしまっている口元から 生命が溢れ出ている
(きっと何かをやりとげた顔) と意味もなくあなたは想う
初めて補助なしの自転車に乗れたのか
浮き輪なしでプールで泳ぐことができたのか
それとも追いかけ回してセミでも捕まえたのか
「できたよ できたよ」
誰かに伝えたくてたまらない そんな想いがのびやかな肢体からこぼれている
子供の願いは素朴ながら なんと純粋で生命感に溢れていることか
「できない やれない」
そんな疑いなどこれっぽっちも持たず
ひたすら食いついてくる力強さ 全宇宙をその掌中に収めたような歓喜
みるみる近づいてくる子供の熱風があなたを襲う
その熱の確かさに あなたは息苦しさを覚える
光る瞳が一瞬あなたを捉え 子供が誇らしげに唇を動かした
「えっ」
声に出してあなたが聞き返した時
自転車は既に後ろの角に消えている
一瞬のデジャブ
一瞬のきらめき
「あの日のあなた」
子供はそう言ったのではなかったか
夏の陽射しがあなたに見せた 束の間の夢


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「あの日のあなた」

初めて読んだ時、この言葉に「ドキッ」としました。
その後はここを読むたびにキュンとしたり、涙ぐんだり。

「あの日のあなた」という言葉が頭の中をリフレインしています。
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by kurijin-nichijo | 2011-10-28 18:07 | 正心調息法
『エッ! わたしってエスパー?!』
e0181546_14254742.jpg「神との対話」なんて本が有ることも知ってる。チャネリングだとかチャネラーだとか言う言葉も知っているし、それを否定もしない。そんなこともあるのかもしれないという位の気持ちではいる。じゃあ、自分がチャネリングしたいかというとそれほどでもない。まぁ、ちょっとはしてみてもいいかな、できるなら(笑)。

昔、動物と話せるドリトル先生の話を聞いて、自分も出来るようになれたらと思ったこともあった。でも直ぐに現実的なことを思い浮かべて、できなくともいいやと思い直した。動物たちが楽しい話ばかりしてくるとは限らない。人間たちに対する恨み辛みを話されたり、さらには待遇改善なんかを提案されたら、こりゃ大変だ、と。同様のレベルでチャネリングも捉えていたり。

『エッ! わたしってエスパー?!』
 ~ぜんちゃんからのメッセージ 幸せになる方法~


って本がある。突然チャネリングができるようになってしまった普通の女性の、戸惑い、受容、理解の話だ。「ぜんちゃん」というのが、その女性に語りかけてきた「人格」。

【私は父であり、母であり、あなたであり、全てであるもの】

私にとって、このぜんちゃんの言葉が素晴らしい。砂地に水が浸み込むように素直に入ってくる。何遍読んでも厭きない。なんなんでしょうね、これがチャネリングを通じてもたらされた言葉かどうかなんてどうでもいい。言葉として、文章として感嘆する。あちこちに付箋を貼って、知人何人かに貸したら、それぞれがまた貼って、付箋だらけの本になってしまった。

心に響いたところを書こうとすると、大変な量になってしまうので、短めなところを一つ。

この世界が何故生まれたか
よく質問を受ける
それは創ろうとする気持ちと
生まれようとする気持ちが
一つとなったから
としか答えられない


「創ろうとする気持ちと 生まれようとする気持ちが 一つとなったから」

「そうだったのか」と、なんか深いところで納得できてしまう。具体的なものを思い浮かべられるわけではないのだけれど、とてつもないロマンを感じてしまうのです。

そういえば「ビッグバン理論では説明できない古い巨大な銀河が多数発見される」なんて記事もあったな。
http://oka-jp.seesaa.net/article/170746970.html

関係あるのかないのかわからないところで、尻切れトンボに終わります。

ちなみにこの本、AMASONで検索しても取り扱い無し、というか出てこない。AMASONで検索できない本ってはじめて見ました。
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by kurijin-nichijo | 2011-10-27 15:13 | 正心調息法
高橋源一郎さんの「分断線」連続ツイート
とくに原発事故以降、悩ましいことが増えてい。震災復興にしろ、反原発や放射能問題にしろ、その進め方や認識に対して様々な意見、見解が有り、それをどう各人が捉えるかによって、越えることができない溝があちこちにできてしまった気がする。先日、作家の高橋源一郎さんが「ぼくたちの間を分かつ分断線」というタイトルで連続ツイートしていた。心当たりが沢山有り、忘れないようにしたいとも思うので、かなり長いけどここに残しておきます。

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本日の予告編① 今晩0時から、久しぶりに「午前0時の小説ラジオ」をやりますね。ご無沙汰していたので、知らないフォロワーの方も多そうなので、ひとこと。0時からの、テーマを一つ決めての、連投ツイートです。いつも、一時間弱かかりました。

本日の予告編② 今晩だけではなく、しばらく、断続的に続ける予定です。今夜は「「あの日」から考えてきたこと」の①。「あの日」から、いろいろなことを考えてきました。そのうちのいくつかを、みなさんと考えてみたいと思っています。

本日の予告編③ そして、今晩はその一回目で、「ぼくたちの間を分かつ分断線」というタイトルでやりたいと思っています。「あの日」から、ぼくたちは、たくさんの、目に見える、あるいは、目に見えない線で分けられてしまったような気がします。その線が何なのか、考えるつもりです。

本日の予告編④ たとえば、「原発推進」派と「反・脱原発」派。でも、その分断線はわかりやすいかもしれない。「反・脱原発」派の中だって、それ以上に深い亀裂がある。そんなことを考えてみたいと思っています。では、後ほど、午前0時に。

午前0時の小説ラジオ・「あの日」から考えてきたこと・①ぼくたちの間を分かつ分断線 では始めます。即興ですので、詰まったり、途中で終わってしまうことがあるかもしれませんが、その際はお許しください。そして、みなさんもそれぞれの場所で考えてくださると嬉しいです。

分断線① 「あの日」から、ぼくたちの間には、いくつもの「分断線」が引かれている。そして、その「分断線」によって、ぼくたちは分けられている。それから、その線の向こう側にいる人たちへの敵意に苛まれるようになった。それらの「分断線」は、もともとあったものなのかもしれないのだけれど。

分断線② 大きく分かれた線がある。細かい線もたくさんある。はっきり見える線もある。けれどもほとんど見えない線もある。わかりやすいのは、「反・脱原発」派とそれに反対する人たちの間に引かれた線だ。そこには激しい応酬がある。それから、はっきりした敵意もまた、存在している。

分断線③ 細かい線と見えにくい線はたくさんあって判別が難しい。だから、一つだけ指摘しよう。それは「あの日」の後生まれた線であり、「あの日」以降の行動の指針をめぐる線だ。つまり、津波や震災で直接被害を被った東北への支援に重点を置く人と、原発に関わる問題に重点を置く人たちの間の線だ。

分断線④ もちろん、両方に関わる人も多い。それから「東北」派と「原発問題」派の間に表立った応酬はない。だが、この両者の間には、深い、対立の気分が内蔵されている。誤解を恐れずにいうなら「いまはそっちじゃないだろう」「優先されるのはこっちだろう」といういらだちの感情だ。

分断線⑤ 本来、誰よりも共に戦うべき人たちの間に引かれてしまう、見えない線がある。見える線を挟んでの応酬は、どれほど厳しいことばが行き交っても、ある意味で健康だ。誰と誰が対立しているのかは明らかだからだ。だが、見えない線を挟む沈黙の応酬は暗い。無言の嫌悪の視線がそこにはある。

分断線⑥ その分断線は、誰が引いたのか。ぼくたちが自分の手で引いたのだ。その、いったん引かれた分断線は、二度と消えることがないのだろうか。分断線を越えること、分断線を消すことは不可能なのだろうか。自分が引いた分断線から、ぼくたちは出ることができないのだろうか。

分断線⑦ ツイッターは、分断線を挟んだことばの応酬に適したメディアだ。敵はすぐに見つかる。そして、見つけた敵に憎しみのことばを投げかける。なぜ、そんなことをするのかと訊ねると、「いや相手を説得しようとしているだけだ」「大切なのは議論なんだ」という答えが戻ってくることも多い。

分断線⑧ ぼくは長い間ずっと、どうして、対立する者たちの間で、豊かな対話が成り立たないのかと思ってきた。少なくとも、表面的には、誰も、対話を拒否してはいないのだから。熟議や論争によって、新しい解決策が見いだせるかもしれない、とぼくは思ってきたのだ。

分断線⑨ こんな文章を読んだ。「人間は説得されて変わることはありません」。その通りだと思う。そして、ぼくは考えてみた。ぼくは、半世紀近く多くのものを見たり、読んだりしてきた。その中に「説得されて、もしくは批判を受けいれて、それまで培ってきた自分の考えを改めた人」がいただろうかと。

分断線⑩ ぼくの記憶に残っているのは一人だけだ(あとの例はすべておぼろだ)。哲学者の鶴見俊輔さんだ。鶴見さんは、自分への本質的な批判に、あらん限りの誠実さで向かい合い、間違いを認めると、態度と考えを、その批判者の前で改めたのである。

分断線⑪ 「説得されて変わる」ためには、おそらく、次の条件を必要としている。(1)相手の批判を完全に理解できている。(2)問題になっている事柄について完全に理解できている。その上で(3)自分のプライドやアイデンティーより、真実の方が大事だと思っている、こと。

分断線⑫ だから、「説得されて変わる」ためには、恐ろしいほどの能力を必要とする。①や②の条件が充たされとしても、ぼくも③だけはクリアできないかもしれない。人はじぶんの間違いだけは認めたくないのだ。間違っているとわかっても、間違いを認めることは、自分を否定することに他ならないから。

分断線⑭ プラグマティズムは南北戦争の焦土の中から生まれた。「自分たちは正しい」という二つの主張のぶつかり合いが無数の死者を作り出した。だから、一群の人たちは、対立ではなく、自分の正しさを主張するのでもなく、世界を一歩でも良きものとする論理を生み出そうとしたのである。

分断線⑮ 対立するものを打ち壊す思想が、「生」を主張しながら、実は「死」に魅かれているとしたら、プラグマティズムこそ、否定ではなく「生」を主張しようとしたのである。

分断線⑯ だから、鶴見俊輔の「説得を受け入れて変わる」姿は、「洗脳」とも違う。「洗脳」は、過去の自分をすべて捨て去る。けれど、「説得を受け入れて変わる」鶴見俊輔の姿の中には、過去の自分がすべて入っている。なぜ変わるのか。否定するためでない。より豊かになるためなのだ。

分断線⑰ なぜぼくたちは、「説得を受け入れてかわる」ことを恐れるのだろう。相手が自分と違う意見を主張すると、なぜ胸がざわつき、躍起になって否定しようとするのだろう。それは、ほんとうは、ぼくたちは他人が怖いからだ。自分と違う意見の人間がいることに恐れを抱いているからだ。

分断線⑱ 「説得を受け入れて変わる」鶴見さんの世界は、逆だ。それは「自分と違った考えの人間がいて良かった」という思想だ。人間は孤独であり、それ故、自分以外の他者を必要としている。だから、異なった意見の人間の批判を、鶴見さんは喜んで受け入れる。世界に必要なものは多様性なのだ。

分断線⑲ いま、ぼくたちは、たくさんの分断線を引いている。考え方の微細な違いにこだわり、分断線を増え続けている。そして、その線の内側から、その外側にいる連中に、恐怖の、もしくは侮蔑の視線を注ぐのである。そうやって、ぼくたちは衰えてゆくのだ。

分断線⑳ 正反対の考えを持つ「敵」の意見の中に、耳をかたむけるべきものが少しでもあるなら、耳をかたむけたい。仮に、相手が、こちらの意見に一切、耳をかたむけないとしても。誰かが銃口を下ろさない限り、「戦争」は終わらないのだ。だとするなら、最初に銃口を下ろす側に、ぼくはいたいと思う。

分断線21・でも実際は、ぼくたちは、正反対の考えの持ち主にではなく、近い考えの持ち主との、ささやかな違いの方に、一層、苛立つ。しかし、彼らは「敵」なのだろうか。違いより、共通のものの方がずっと多いのではないだろうか。

分断線22・「いまは、そんなことをやっているべきではない。こっちの方が大事だろ」ではなく「きみは、それをやるのか。ぼくは、こっちをやるから、別々に頑張ろう」といえるようになりたい。それが、難しいことであったとしても。

分断線23・ぼくたちはばらばらだ。ばらばらにされてしまった。放っておくなら、もっとばらばらになるだろう。ぼくはごめんだ。やつらが引いた分断線なんか知るか。ぼくたちが自分で書いた分断線は、ぼくたちが自分で消すしかないんだ。以上です。ご静聴ありがとうございました。

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ぼくたちが自分で書いた分断線は、
ぼくたちが自分で消すしかないんだ。


そうなんですよねぇ。
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by kurijin-nichijo | 2011-10-25 22:55 | 時事
ナンバ歩き考/歩行には草鞋?
e0181546_11235292.jpgもともと歩くのは嫌いじゃなかったけど、歩き方を意識して歩くようになったのはここ数年。もう10年ほどにもなるかもしれない。個人的に別途「正心調息法」という呼吸法の講習会を主催しているが、その創始者・塩谷信男博士が著書の中で唯一運動に触れているのが歩き方。該当著書が今手元で見つからないので、記憶の範囲で書くと、腕の振り方はあまり考えず、足裏で大地を掴むような感覚で、「丹田・丹田、足心・足心」と心の中で唱え、そこを意識しながら歩くといいという。

「丹田・丹田、足心・足心」は今の所、まだよく、というかほぼ分からない。歩き方という面では、これはかんじきを履いて新雪の上を歩くようなやり方かなと思った。そのうち「ナンバ歩き」というのを知って、きっとこの事なんだろうと推測した。

当初は「ナンバ歩き」というのは、前かがみで摺り足で歩けばいいのだろうくらいの認識でスタート。20km超のウオーキング会等にも何度も参加した。この頃の問題点は足裏に出来る「豆」。潰れても歩いているときはいいのだけれど、到着後は足が棒のようになって、その状態では潰れた豆も痛い。

で、豆はどうしてできるのか調べたら、湿気と擦れとあった。

湿気というのがピンと来なかったけれど、要するに「蒸れ」。対策として、あるところでは靴下等を着けずに靴を履くというのを実践しているところもあった。

じゃあ「擦れ」はどうして起こるのかと自分なりに考えてみたら、足の皮膚と靴下で、そして靴下と靴で起きる。とすれば、前述の「裸足で靴」は理屈に合っていそうだ。

e0181546_11415258.jpgじゃあ、もっと湿気と擦れが生じない履物はなんだろうと考えると、自然と「裸足」というところに考えが及んだ。それなら蒸れないし擦れない。とはいうものの、いきなり裸足は難しかろうということで頭に浮かんだのは「草鞋(わらじ)」だった。

おぼろげな知識として鼻緒の効果というのを聞いていた。草鞋ならば、足に固定されるし、例えば足袋を履いてもずれ難いし、蒸れにくそうだ。ただ実際に使ってみての限界は、歩き方にも拠るのかもしれないけど、草鞋はアスファルトと相性が良くない。すぐ擦り切れる。理想は草鞋にゴム底を装着したハイパー草鞋。だれか作ってくれないものかと。

まだそう思っているのだけれど、それが実現するまでは、現状の私のニーズとしては、このウエーブリバイブⅡはピッタリかなと思ってます。写真のように鼻緒が有り、その先が一段落ちているので指を丸めやすい。マジックテープ利用で自分の足に合わせた固定が出来るし。当分愛用できそうです。ただ、冬はどうしようか悩み中。例えば足袋を履けば寒くないレベルなら、冬も愛用したいところです。

ちなみに今日の写真2枚は、下記からの無断借用です。
http://www.mizuno.jp/walking/event/w_revive/product.html
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by kurijin-nichijo | 2011-10-08 11:59 | 歩行術・古武道
ナンバ歩き考/やっぱりこれは事件です
e0181546_22165239.jpg早く書こうと思ったけど、あれこれで遅くなってしまいました。
9月25日(日)と26日(月)に一泊で従兄弟達と年一度の山歩きに。標高2000mのランプの宿「高峰温泉」に1泊して、初日は水ノ塔山から東籠の塔山に抜けて池の平湿原に降りるコース、2日目は表コースでトーミの頭から黒斑山に登り、中コースで降りるコース。

従兄弟連は山登りの重装備で、それなりにいろいろ考えたつもりではあるけど私だけ軽装備。我が履物は上記の写真のウエーブリバイブⅡ。
(http://www.mizuno.jp/walking/event/w_revive/)
わらじの要素を取り入れたサンダルのようなウオーキングシューズ。おそらくこのほうが登山靴より歩きやすいのではと試してみたが、実に軽快。従兄弟たちにも心配されたけど、つま先が足の指にぶつかることもなく、何の支障もないまま歩けました。

e0181546_2235313.jpg当初の見込ではハイキング+αくらいの楽なコースと判断していたのだけれど、実際は岩ゴロゴロで登りも急な所もある。部分的には手も使って登らざるを得ない所も。従兄弟たちは喘いでいたのだけれど、私一人は平気の平左。息もそんなに切れない。

2日間を通じて、本人もビックリなのは、とにかく筋肉痛は一切無い。日頃なるべく歩くようにはしているものの、別に毎日歩いて鍛えているわけではない。一昨年の箱根旧道登り、昨年の尾瀬歩きの時はなんでこんなに上りが楽なんだろうと思ったけど、今回はもう日頃心がけている「ナンバ歩き」の入口には辿り着いていることは間違いなさそうだと確信しました。

とにかく腿の前の筋肉(大腿四頭筋)や脹脛に一切筋肉痛が無い。これは自分にとっても「事件」でした。そこに筋肉痛がないということは、その部分を使っていないということになる。これはナンバ歩きを学ぶ中で目指していること。

条件は良かったのかもしれません。
日頃平地を歩くと、どうしても早く歩きたくなり、結果的に後ろ足で蹴り出す形からなかなか抜けられない。今回は基本的に坂を上っているのと、しんがり、ないしは後ろから2番手で歩いていたので、従兄弟のペースに合わせてゆっくり歩けばいい。件の履物で足裏全体で接地する感触を確かめながら歩ける。上りも下りもなるべく段差が少なくなるルートを選んで、そのためには一歩でも二歩でも増やして歩くことを心がけていた。結果、ある程度理想的な歩き方が出来ていたのかもしれません。

そのせいか平らなところが少しでも続くと小走りしたくなる。途中、写真を撮っていたりして少し遅れたときは実際そうしてみたし、山を降りてきてもう終点間近と感じられるところまで着いた時もそうしてみたけど、実に爽快。何時までも走り続けていたいような気分でした。

ただし、服装はやはり考えが甘かった。まだ9月、少し高い所とはいえ、長袖は着てるし、その上にトレーナー、または薄手の綿のジャンパーのどちらかを着れば充分だろうと思ったら大間違い。両方来ても寒いくらい。ただ動いていれば身体は問題ないレベルでしたが、初日の15時頃、池の平湿原周辺ではとくに足が冷たかった。そこから宿まではゆっくりした下りなので、それこそ小走りで行って、早く温泉に浸かりたいくらいでした。これは失敗談であります。
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by kurijin-nichijo | 2011-10-04 23:16 | 歩行術・古武道


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