栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
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ダライ・ラマ法王 in 護国寺
e0181546_163066.jpgダライ・ラマ法王と言えば、私たち「地球交響曲」自主上映グループとして身近なのはその「第二番」出演者であるということ。その映画に出てくる法王のあの無邪気な笑い声は堪らない魅力に満ちている。ブラッド・ピットが主演した映画「Seven Years in Tibet」で法王を演じた青年の笑顔も素晴らしく、若き日の法王そのものではないかと思ったのを思い出します。e0181546_1617862.jpg

28日(日)は東日本大震災から49日に当たりました。1日ずれはしたものの29日(金)に、法王が米国へのトランジットを延長して、護国寺で「東日本大震災犠牲者四十九日特別慰霊法要」を行うというので行ってきました。

いつもよりは若干緩めでは有りましたが、持ち物チェック有りの厳戒態勢。そこまで思いよらなかったのは「ペットボトル持ち込み不可」。水好きの私としてはちょっと困ったけれど、まぁ止むなしということで余った分は境内のツツジに水遣り。

1時間に渡る読経の間は心地よく居眠りに落ちました。我々は屋外に並べられたパイプ椅子でしたが、黒雲が流れるものの、時たまお日様が顔を出すと急に気温が上がる状況。雨がパラパラっと落ちたりもしたけれど、まあ大丈夫だろうと思ってたら、法王のお言葉の最後の頃になって、雨が落ちだした。それでもまだ大丈夫に違いないと思っていたら、徐々に強くなりまずは傘を差す。そのうちそれでは防ぎ切れないほどの雨脚になって、やむなく本堂脇の久の下に逃げ込みました。

法王が本堂から出られる頃は小止みになっていたけれど、護国寺側で下の写真のように傘を用意。が、上の写真のように法王が雨脚を確かめる頃にはほぼ上がっていました。その後、法王は鐘を撞かれ、護国寺を後にして成田に向かわれたようです。

法王も政治的指導者の地位から退かれたけれど、宗教的指導者としてはそのまま残る。天寿というものが有るにしても、できるだけ永くこの世にメッセージを伝え続けていただきたいと切に願います。
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by kurijin-nichijo | 2011-04-30 16:48 | 地球交響曲
映画「100000年後の安全」
e0181546_14395711.jpg一昨日、標題の映画を観てきた。福島第一原発の事故以来、自分としても知らなかったでは済まされない、原発に関わる問題点が避けようも無く表に出てきている。そのうちの一つが「使用済核燃料」の問題だ。

使用済核燃料は、その発電能力を失った後も高熱を発し続けるため、少なくとも10年以上は冷却し続けなければならない。当然、冷却施設が原発以外に必要となる。福島第一原発の場合はそれを原発のある建屋の中に設置していた。電源が全て落ちたという緊急事態の中で、冷却装置が稼動できず、発電自体はしていなかったから安全と思っていた第4号炉で水素爆発が起きた。


本作品はフィンランドのオルキルオトに建設中の、原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場"オンカロ(隠された場所)"と呼ばれる施設に、世界で初めてカメラが潜入したドキュメンタリー作品です。
高レベル放射性廃棄物は安全な状態になるまで、10万年間かかると言われています。フィンランドでは、固い岩盤を掘削し地下500メートルにまるで地下都市のような巨大な施設を、自国の原発から出る放射性廃棄物の最終処分場として作る事を計画しています。現在の段階では正式に運用されるのは2020年を予定しています。



このテーマを描くのは難しいのではと思いつつ、過激な批判も表現されているのかとも思っていたが、実に淡々と静かに描かれていた。いろんな見方があるのだろうが、私の心に残ったテーマは「10万年後の人たちにこの事実をどう伝えるべきか」ということ。政府の担当者は出てこなかったと思うが、最終処分場の当事者たちにいろいろとインタビューしている。

人間、10年も経つと記憶は大分薄れる。放射性廃棄物を「ここに」埋めてある、ということを10万年後までどう伝え切れるのか。誰も答えを出せない。ある人は「忘れ去ること」が必要という。忘れ去ったとして、この封印された埋蔵所をなにかの拍子に、例えば5万年後の人が発見してしまうことはないのだろうか。埋蔵金を発掘したかのようにその人が無色無臭の「物体」に近づいてしまい、被爆してしまうことは有り得ないのだろうか。
結果、辿り着くのは論理矛盾のような言葉。

「忘れ去ることを忘れてはならない」

一人の女性はこう言う。
「当面のエネルギー対策としては原発を認めざるを得ない。しかしそれは短期間でしかない。いずれウランも枯渇する。せいぜい100年くらいの間でしかない。」

それを「救い」と言ってしまっていいのかは保留するにしても、インタビューを受けた人全員が10万年後の人たちに伝えきる方策があるとは思ってはいないことに、幽かな可能性を感じた。「国」によっては、この時点で「絶対安全だし、伝え切る手段も考え得る」などと強弁して議論させない、なんてことも起こりそうだから。

出来れば、原発に反対の人も賛成の人も容認派の方もぜひ見て貰いたい。切にそう思う。下記の公式サイトの中に、劇場情報も有ります。
http://www.uplink.co.jp/100000/
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by kurijin-nichijo | 2011-04-30 15:35 | 映画・芝居
正心調息法/鹿児島・福岡講習会
先週末は16日(土)に鹿児島、17日(日)に福岡で講習会開催。それぞれ5名、14名の参加をいただき、なんとか経費は確保できました。往きも帰りも久し振りにスカイマーク利用。料金はANAとあまり変わりなく、マイレージの面ではANAを使いたかったんですが、最安の便は早朝7時前発だったり最終便だったりしたので、時間的に楽な方を選びました。
スカイマークのCA(キャビンアテンダント)は黒に近い紺の半袖ポロシャツを着用。なんか妙に堅苦しくなくて爽やかに感じました。

e0181546_16183920.jpg日曜の午前中に鹿児島から博多に移動。3月に開通したばかりの九州新幹線「さくら」に乗りました。8両編成で自由席は3両。鹿児島中央発車時はガラガラでしたが、徐々に混んできて、熊本で沢山降りたと思ったらドッと乗ってきて、座れない人も何人かいました。

乗車記念にこれぐらいの画角で「さくら」を撮りたかったんですが、停車中はホームの長さにほぼギリギリに停まっていてファインダーに入らない。やむなく下車した博多駅で大阪に向かう「さくら」を後ろから撮ったのがこの写真であります。

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左は鹿児島中央駅。右は博多駅。撮ったはいいけれど、以前の様子をあまりよく知らないので、新幹線開通で変わったのかどうかよくわかりませんでした。

博多の駅ビルが新しくなったと言うので、早めの昼食がてら10階のレストランフロアに行ってみたら、まだ11時過ぎだというのにどの店も列を作っていて、店を選んでいる人もやたらに多い。直ぐに諦めて、地下に有った焼飯屋さんで「翡翠炒飯」というのを食べた。ホウレン草を混ぜ込んだとかで緑の炒飯。味はというと、グルメではない私には「まぁ普通」。

あとビックリしたのは博多駅のコンコース等の明るさ。やたらに明るくてなんでだろうと思ったけど、もしかしたら私がこの頃の首都圏の駅等の明るさ、というか薄暗さに慣れてしまっただけかもしれません。東京もちょっと前まではあんなに明るかったのかも。
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by kurijin-nichijo | 2011-04-21 16:56 | 正心調息法
ツーリスト
e0181546_11313464.jpg「ツーリスト」の招待券が当たったので、先週末に見に行ってきた。

アンジーの美しさと、ジョニー・デップの「普通の顔」のかっこよさに見とれて、ストーリーがよく把握できてなかったようです(苦笑)。

結末がある意味ハッピーエンドで、そんなものかと思いつつ、なんかピンと来ないものがありました。そしたら一緒に行った方が、最後は凄いどんでん返しだったと。なにが「どんでん返し」だったのか、さっぱりわからにかったんですが、そう言われて初めて、ジワッジワッと「ああ、あれはそういうことだったのか」と気付き始めました。そうとう感覚が鈍かったですね。

前回の「SALT」と続けて2回、アンジー出演の映画を招待で見られました。「SALT」の時はプレミアム試写会でアンジーも来日。応募してたことも忘れていたくらいで、プレミアム試写会の様子もなにも知らず、もしかしたら間近で会えるのかと思ったらさにあらず。私の場合は会場のスクリーンで様子を見られただけでしたけれど。

この時は待合わせして、私が先に着いたので会場受付に行こうとすると、外人の女性が駆け寄ってきて「お一人ですか?」って聞いてきた。試写会ってそういうことに期待して待ってる人もいるんだ、と認識を新たに。でも結局その人も上映前には会場内にいましたから、招待客の入りようによっては一般の人も入れるのかもしれませんね。
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by kurijin-nichijo | 2011-04-14 11:49 | 映画・芝居
六文銭
e0181546_1151327.jpg先日CDを探していたら、懐かしいのがあるのに気付いた。及川恒平さんの「みどりの蝉」。及川さんと言えば「六文銭」。ご存知、小室等さんが率いたグループで、「創業」メンバーではなかったと思うけれど、及川さんが加入したことで曲の幅が広がって、より好きになった。ただ及川さんがいるときの六文銭のライブには行ったことがなかった。

11年前、或るイベントが熊本であり、その下調べ等々で事前にも何回か熊本に行った。街中のヒーリングショップに寄ったら、なぜかそこに及川さんのこのCDが置いてあった。懐かしくなって手に取り、しかもたしか値下げしていたのでこれも何かの縁と購入した。

柏市でMarionetteというアコースティックデュオのライブをやりたいという女性がいて、8日(金)に直接会って話をすることにした。当初は上野駅待合わせにしていたのだけれど、柏駅待合わせに変更。打合せを終えて、以前にも何回もMarionetteライブで使っていたSTUDIO WUUというライブハウスに挨拶も兼ねて寄ってみた。

e0181546_11312549.jpgエレベーターに乗ろうとしてふと見たら、WUUのチラシに「六文銭」の文字が。「???」でじっと見たら「小室等」の文字が。「えっ!えっ!えっ!」ってな感じで他のメンバーの名前を見たら「及川恒平」の文字も。あとの二人は初期メンバーの四角佳子さんと、小室さんの娘さん。

開催日を見たら翌日9日(土)の夜。その日は仕事があってライブスタートの19時には間に合わないかもしれない。折角なら始から聴きたいけど、当日は大きな荷物を持っているので一度家に帰ってからでなくては行けない。諦めかけたけど、これを外すとまた何時聴けるのか分からない。幸い、当日の仕事も少し早めに終わったので、まさに押っ取り刀で駆けつけて、どうやら間に合った。

e0181546_11375523.jpg「面影橋」は聴けなかったけれど、「雨がふりそうだな」「雨が空から降れば」等々の懐かしい曲を聴けて、嬉しかったですねぇ。

ライブ終了後、及川さんにサインを貰いました。及川さんのCDだけれど小室さんにもいただいちゃいました。間違いなく「六文銭」のLPも持っているはずなので、また機会が有ったら、そちらにもサインを貰えるととってもハッピーになれそうです。
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by kurijin-nichijo | 2011-04-11 11:43 | 音楽
「原発を擁護する」藤沢数希
e0181546_10535340.jpgツイッターでこういう文があるのを知った。この時期にこういう文を書くのは大変なことだろう。案の定、コメント欄には反対の立場からの書き込みが多い。

このブログで何度も書いてるけど、私は理科系でもない素人。あまり細部まで突っ込める知識もないけど、今理解できている範囲での疑問点を挙げておきたい。
原文はこちら http://agora-web.jp/archives/1294623.html

<1.原子力は経済的な電力>

個々に突っ込むと長くなりそうなので、一つだけ。経済的というけれど、何処までの費用を考慮しているのかな。なにも事故がなくても、原発もいずれは廃炉になる。発電は止めても直ぐには解体もできない。10年以上(10年じゃないですよ)の時間を掛けた後、それでも無害の解体方法が確立しているわけではなさそう。ご自分でも書いている。

<5.原発は作ることより、壊すことの方がはるかに難しい>

制御棒が入り核分裂反応を停止されてもなお、残りカスの核崩壊だけですごい熱と放射線をまき散らして制御不能になっている。この核燃料の「余熱」だけでもあと10年は燃え続けるのだ。

それゆえに原発を止めて、核燃料廃棄物を適切に処理し、廃炉にすることは極めて難しく、その技術もまだ確立されているとはいえない。


つまりは総合的な技術として確立したものではないということでしょ。そんな状況のものをまだ使い続けるのかな? 作り続けるのかな?

一番安価な方法は、原発に制御棒を入れ、核燃料の余熱を管理しながら稼動させ続けることだ。そんなリスクのある「発電しない原発」、つまり何の経済的な恩恵もない原発を抱え続けることに何か意味があるのだろうか? 地元住民にとってもそれは決していい選択肢とはいえない、と筆者は思う。

選択肢として全否定はしないけれど、これも乱暴過ぎる意見のように思いますが、いかが? もうあるんだから使いましょう、ってことになっちまいません?

それと既存のものについてのことにしか触れていないけれど、最も疑問なこと。原発にも寿命が有る。これも生半可な知識ではあるけれど、今回の事故の関係であれこれと当たってみたら、原発の寿命は10年程度との話もあった。それをなんとかその後も様子を見ながら使っているものもある。福島第一原発はまさにそのタイプのようだ。

今後も原発に頼らざるを得ないとすると、当然新しい原発を作らなければいけない。発電能力を失った原発でも10年以上(つまりは何十年なのかもわからないということでしょ?)冷却を続けなければいけないから、それを解体して同じ場所には作れない。

同じ地区に作るにしても、福島第一原発のように同じ場所に6機も作ることには、安全政策上、元々問題有り、というような指摘も出ている。

となると、新規の原発は他の地区に作らざるを得ないけれど、ということはあまり広くはない日本のあちこちに、廃炉以後使用不可の土地がどんどん増えていくということなのではないか。しかもこれだけ地震の多い国で、「比較的」という条件を付けるにしても、どれほど適切地があるのだろうか。

藤沢数希氏の考え方は、せいぜい稼働中の原発については寿命が来るまでは使っていこうよ、という範囲の意見のように思えますが、いかがでしょう。
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by kurijin-nichijo | 2011-04-01 12:04 | 時事


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