栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
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「SALT」プレミアム試写会
e0181546_11164518.jpg火曜の夜、「SALT」のプレミアム試写会があった。招待券が当たったので知人と行ってきた。勝手がよくわからなかったけど、17時開場、18時からレッドカーペットイベント、19時から主演のアンジーの舞台挨拶後上映、と書いてあったので、赤絨毯の前でアンジーを見られるのかなと期待していた。

17時少し前に会場前に着くと、既に列ができている。招待券を持っている人は、まずは入場券と交換してくれと言うので、とりあえずホール入口に向かう。そしたらいきなり外人の女性が真剣な顔で寄ってきて「お一人ですか?」って聞いてきてビックリ。

入場券は座席指定だったので、ということは入場に際しては並ぶ必要はなさそう。じゃあ、なんで外に列があるのかと思ったら、キャンセル待ちの人たちの列。ちなみに件の外国女性は最終的には会場に入ってきていました。

キャンセル待ちの人たちの反対側にも列が有り、これがなんだかわからない。会場整理係の人たちが「映画のみの方はこちら」「レッドカーペットの方はあちら」などと言っている。ん!? もしかして私のチケットは映画だけの券なのか? と初めて疑念が。会場整理係の人何人かに聞いたけれど、こちらの質問の仕方が悪いのか違った答えが返ってくる。

まだ知人が来ていなかったのでどうしようかと悩んだけれど、もしかしたらこの列に並んだ順に赤絨毯に貼り付けるのかなと、とりあえず並んでみた。会場入場寸前に知人も合流。案内に従って入っていったら、赤絨毯の傍を通過して直接上映会場入り。結局「赤絨毯イベント」は会場内のスクリーンで見ることに成りました。

いちおうそのスクリーンも撮影禁止とのことなのですが、この辺りでは係員のチェックも甘く、結構皆携帯等々で写真撮ってましたね。アンジーは黒のロングドレスで登場。左には腰骨の上辺りまで3ありそうな深いスリットが入り、背中は丸出しでタトゥーも見えました。ただスクリーン上ではほぼ後姿。でもやっぱり美しさ、スタイルは際立ってましたね。

映画に先立ってアンジーの舞台挨拶もあったので、2階席の遠くからではありますが、「生で見た」ことには変わりないのかな(笑)

さて映画の方はと言うと、なかなか面白かったです。展開がスピーディで、どういう結末になるのか予想する暇もなし。しかもどう考えても「続く」としか考えようのない終わり方。次回作もきっとあると思います。
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by kurijin-nichijo | 2010-07-29 11:47 | 世迷言
子どもたちの受容力
天野さんの寄稿を読んだりして痛切に感じるのは、子どもたちの受容力の凄さ。自分たちの「場」に障害児たちが入ってきた時、自分たちとの違いに最初に戸惑うものの、いったん受け入れると後はもう健常者となんら変わらない「扱い」を始める。

今日から東京写真美術館で公開が始まる「地球交響曲第七番」に出演している高野孝子さん。彼女も同じようなことを話している。南洋の小島や国内の豪雪地帯で子どもたちだけで生活するプログラムを作って実践している。そこに障害児が入ってきた場合、やっぱり同じようなことが起きるとのこと。子どもたちはも、ちろんその障害自体は理解しての上だけれど、健常者に対するのと全く変わりない接し方をしだす。大人から見るとちょっと乱暴すぎないかというような「扱い」もするらしい。

となると、障害者等に対する「一般的」な見方は何処から来るのか。自分も含めた健常者の戸惑い、哀れみ、異物を見るような視線、等々。これらは皆、もしかしたら大人の反応であり、大人が絡んでしまうと子どもたちも同じように反応し始めてしまうのではないのか。

ここのところしきり思うのは、大人はもっと子供の視点というのを見直さなければいけないのではないかということ。「子どもに学べ」と言ってしまうと、また別なベクトルもかかってしまうのだけれど、もう一度子どもの視点に立ち返るということは大切なことなのではないかと思っている。政治も含めてね。

で、私の人生の目標精神年齢は中学生以下、であります。

さらに余談。
天野さんの寄稿にあるプレーパークを這いずり回った子ども。このとき直ぐに思ったのは、この子は立てるようになるんじゃないかということ。読み進めたら、やはりそのことが書かれていた。立てるようになったんだそうです。

なぜそんなことを思ったかというとこの本です。
e0181546_1023321.jpg
親こそ最良の医師
 あなたの脳障害児に
 なにをしたらよいか
グレン・ドーマン著
サイマル出版

以前に講演を聴いた事があって、感動して読んだ本。グレン・ドーマン博士は脳障害児の治療プログラムを作った方。健常児でも立つ前の「這い這い」が様々な機能の発達に重要ということが言われてきているけど、脳障害児も同じらしいのです。

脳障害で手足が動かない子どもたちに右手と左足、左手と右足を同時に動かす訓練をしていくと目覚しい回復を示してくる。身体能力だけでなく知的能力も著しい改善を示す。とても感動的ではあるのですが、家族の負担が大きいのと費用負担も大きいのが難点なようです。

ただ博士がその後始めた幼児教育には個人的にはちょっと疑問が。なにを始めたかというと、健常児の教育に適用しようとしたのです。脳障害児でもこれほど知的能力が急速に改善するなら、健常児に適用すればもっと素晴らしい結果が出るのでは、ということですね。一時「うつ伏せ育児法」なんてのが話題になりましたけれど、どうもこの手法の延長線上にあるように思われます。知力を早く発達させることがいいことかどうかは疑問に感じる私です。
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by kurijin-nichijo | 2010-07-17 10:42 | がっこう・プレーパーク
「療育の窓」天野秀昭氏寄稿より/その2
e0181546_1024361.jpgちなみに前回の日記の子どもたちの対近隣住民「爆竹」交渉は7、8軒と行ったそうです。たいしたもんであります。

天野さんの寄稿にはもう一件の障害者絡みの話が出てくる。それを読んで直ぐに思い出したのがこの写真、私が名付けた「泥鰌っ子姫」です。

重度の身体障害を持ったK君。車椅子で介助の人と一緒にやってきた。「車椅子、降りるか?」と聞くと嬉しそうに頷く。茣蓙に降ろそうとすると、本人は地べたがいいという。地べたに降ろすと直ぐにいざり出す。次の瞬間、前に体を倒したK君は肘や顎、肩まで使って器用に動き出す。

「へー、やるなぁ」と思わず口に出すと、K君は「まだまだこんなもんじゃない」という挑戦的なまなざしを向けてさらに激しく動き出す。一件異様な光景にまずは幼児たちが集まりだす。見てて楽しくなった天野氏も一緒に一緒に匍匐前進を始める。

するとその先に見えたのは水溜り。「水溜りがあるぞ!」っと注意すると、ニマッとするK君。完全にそれを知っていて目指している。結果、2体の泥人形の完成。これを見ていた幼児たちももう黙ってはいられない。泥人形がドンドン増えていく、さらに小学生たちも加わる。K君は大声を上げ満面の笑顔になった。

子どもたちの行動ってダイナミックですよね。うらやましいくらい。
「泥鰌っ子姫」も泥の中に寝転ぶのがとても気持ちいいと言ってました。きっとその通りなんでしょうね。自分も泥人形化する決心はまだつきませんけど(苦笑)

こういう話を聞いたり読んだりして感じることがあります。それは次回にします。
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by kurijin-nichijo | 2010-07-12 11:00 | がっこう・プレーパーク
「療育の窓」天野秀昭氏寄稿より/その1
e0181546_1051672.jpg標題の中で紹介されているエピソードを紹介します。ネタばれになっちゃうとはいっても、この広報誌はそれほど多くの人には届いていないと思うので、勝手な判断ですが。

それから写真は「北区で子どもの遊ぶ場を作る会」主催で5年前に開いた天野さん講演会のもの。今回の記事とは直接関係有りません。

難産で脳への酸素供給が停滞し、脳に重い障害が残ったM君。彼が好きなのは、燃え盛る火に大量の水をぶっかけて、ジョワーっていう音と共に大きな水蒸気と煙が柱が立つその一瞬。そのためにバケツに水を入れて焚き火に襲い掛かる。

たまらないのはその火を苦労して焚いた4人の子どもたち。当然のことながら「おめー、なにすんだ!!」「せっかく熾したのにベンショーしろ、ベンショー!!」「ぶっとばすぞ!!」等々の怒号があがる。いつも繰り返される光景なのだけれど、M君は全身で「なんでー! なんでいけないのーっ!」と抗議する。

火を熾すことを目指す者と、火に水をかけたその瞬間の光景が大好きなものとの対立。M君が脳に障害を持っていることを知った子どもたちは、やむなくM君に火のつけ方を教えようとする。そうですよね、自分で熾した火ならば自分で消してもいいはず。

でもM君が大好きなのは「火を熾す」ことではなく「火に水を掛けること」。ちっとも関心を持とうともせず、他のところの火を消しに行きたくてウズウズ。子どもたちは、それはいけないことなのだと一生懸命説得しようとする。結果、どうなったのかというと、M君と4人の子どもたちは一緒に遊び始めてしまったとのこと。

このエピソードの話をここで終えてしまった天野氏の筆力にも脱帽。あとはいろいろと想像しましょうね(笑)
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by kurijin-nichijo | 2010-07-07 11:19 | がっこう・プレーパーク
親が笑えば 子も笑う~子育ち、子育てが楽になる講座~
e0181546_10463427.jpg日本で初めての「職業」プレーリーダーでもあり、現在、大正大学の特命教授でもある天野秀昭氏の講座があるというので、昨日行ってきた。

天野氏の講演は前に2回聴いたことがある。プレーパークという場に関わる中で培ってこられた氏の話はいつも興味深く、現代の子どもたちの置かれた環境、子どもたちが本来のパワーを発揮した時の素晴らしさ等に関する認識を新たにさせてくれた。

情報が回ってきた時、大学の講座だということで高いのだろうと思ったら3回で3,000円となっている。よく見れば「6,000円⇒3,000円」の特別価格(笑)。これは行かない手はないということで申し込んだ。

参加は15名余り、平日昼間の所為もあってか男性は私と駒澤大学の学生の2名だけ。ワークで子どもの頃の「絵日記」を書かされて困った。子どもの頃から「絵を描く」というのは、私にとってそれこそ難行苦行そのもの、全く「描けない」子だったのです。でも当時と違うのは、その頃よりも「恥をかく」のを気にしなくなっていることかな。若干の進歩は見られるのかも(笑)。

第1回終了後に天野氏と話したときに、氏が最近書いたという寄稿のコピーをいただいた。社会福祉法人全国心身障害児福祉財団の「療育の窓」という広報誌の「障害のある子どものあそび」という特集への寄稿。

プレーパークに来た障害児の逸話も感動的なのだけれど、思わず涙したのは健常児の話。
住宅地のど真ん中にあるプレーパークで、子どもたちが爆竹をやりたいと言って大量に持ち込んできた。当然大音量になり、苦情間違いなし。「せめて近所の人がいいって言えば・・・」と言った途端、走り出す子ども。近所の玄関に立ち家人と話し合う。しかめっ面の家人の顔がにこやかになったら、「やっていいって」と叫びながら戻ってくる子どもたち。理由を聞くと「時間を決めてって言われたの。だからこの時間から30分って決めたんだ。そしたらいいって!」。交渉に行った子供たちにも、ちゃんと話を聞いて条件を付けながらも認めた大人にも、やはり想いが繋がった瞬間っていうのはとっても素敵だと感じる。よい話を聞きました。

障害児に関する話はまた次回に。
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by kurijin-nichijo | 2010-07-02 11:28 | がっこう・プレーパーク


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