栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
カテゴリ:映画・芝居( 24 )
映画「ジョバンニの島」
e0181546_1161874.jpg先日、試写会で「ジョバンニの島」を観た。

初めは宮沢賢治関係のアニメ映画かと思ったが、事前に北方領土関係の映画だとはわかった。それほど政治的主張の強い内容でなさそうなことも。

色丹島で生活していた人たちの敗戦からその直後に直面した事態を描いたもの。主人公である純平(10才)、寛太(7才)を中心にした物語。

敗戦後、ソ連軍によって色丹島は占拠される。母屋は軍属の住居とされ、元々の住民は厩舎などに追いやられる。小学校もソ連占領軍の子供たちとの共用とされ、元々あったオルガンはソ連の子供たちの専用にされてしまう。

音楽の時間、壁を隔ててお互いの国の曲を歌いあう子供たち。初めは相手に反発しながら大声を競う。だが、そのうち、日本の子供たちがロシア語でソ連の子供たちの歌に合わせるようになる。そして今度はソ連の子供たちが日本語で応じる。それをきっかけに子供たちは校庭に引かれた「国境」を越え、一緒に遊ぶようになる。子供って凄いな、って本気で思えるシーンでした。

あの時代に色丹島で起きた出来事を淡々と描いていて、お薦めしたい良い映画でした。北方領土返還強硬路線の方々から、余計なちゃちが入らないことを祈ってます。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2014-02-24 11:33 | 映画・芝居
映画「永遠の0」
e0181546_11233567.jpg
試写会で観たのですが、その時点での映画外情報を整理しときます。

●百田氏の原作は読んでいなくて
 内容は知らない。
●原作者は安倍首相寄りのスタンス
 らしいことは聞いていた。
●宮崎駿監督が百田氏&「永遠の0」らしきもの
 を批判していることは、観た後で知った。
●百田氏が安倍氏の首相再任や憲法改正に
 ついて支持する立場にあることも観た後で
 知った。


宮崎監督の批判や、百田氏の発言を取り上げた、
知人のFBの投稿で、映画の自分の感想として、
戦争やゼロ戦を賛美するものではなかったが、
こういう作品を作る方が安倍首相を支持することに
ギャップを感じるという書き込みをした。
そしたら知人から強めの反応をされた。
こちらとしては「あれっ!?」という感じだったのですが、
百田氏を擁護するニュアンスに取られたのかも知れません。

なので、ちょっと真面目に書いてみます。

まずは全体としては感動しました。
特攻の空しさ。
ほとんどが敵艦にぶつかる前に撃墜される。
それがわかっているにも拘らず、
自分は特攻機を擁護のためにその度発進し、
そして自身は帰還する。
その繰り返しの中で、
なんとしても生きて帰るという意志が挫けていく。
その辺りはよく描かれていたと思います。

特攻に対しては私はとてつもない愚策だと思ってます。
そして今後こんなことを繰り返さないためにも、
特攻で死ぬことは犬死であるとも思ってます。

ただ、もう一つ、特攻で死んだ方々について、
非難する権利は私にはありません。
理由はただ一つ、あの時代、あの年齢であったなら、
私自身が同じことをした可能性が高いからです。
性格的に言えば、むしろ積極的に志願したかもしれません。

そういう観点から考えると、
いつでも特攻というのは怒りとともに心に響くものがあります。

前述の通り原作は読んでいませんが、
映画で気になった点を挙げておきます。

ゼロ戦乗りの主人公・宮部が戦闘が始まると、
直ぐに高いところに逃げ込んで高みの見物をする。
とくに乱戦になった時は真っ先に離脱する。
始めの方では戦友からそんな批判が出ます。
それが何故であったのかはわからずじまいでした。
味方機が目の前で戦っている時に
高みの見物というのは違和感がありました。

そして彼の孫が戦後の「現在」での合コンで、
特攻の話になった時、
友人から「特攻なんて自爆テロと同じ、
狂信的な人間のすること」と言われて、
「いやそうじゃない。特攻は艦船を狙ってるんだ」
みたいに反論するところが有りました。

「友人」の指摘に対しては、
その通りだけど、そんな単純なことではないのだと言いたい。
「孫」に対しては、違わない、同じだと言いたい。

「孫」に関しては物語の終わりには
特攻に対する考え方に変化があるのかなと思っていたけど、
そのまま終わってしまった。

原作ではどう表現されているのかわかりませんが、
原作者が特攻と自爆テロは同じではないと考えていて、
それを主張しているのなら、誤りだと思います。

ただ繰り返しますが、いくつかの疑問点はあるものの、
映画単体としてみた場合、別に戦争や特攻やゼロ戦を
賛美した内容だったとは思えません。

だいぶ長くなりました。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-12-26 11:29 | 映画・芝居
「キッズ・リターン 再会の時」他
e0181546_10483611.jpg昨日、試写会に行ってきた。「原案:ビートたけし」なんてことも知らずに。

余計なことを考えずに観られる、いい映画だったと思います。
5年の刑期をを終えたヤクザのマサルと、久し振りに彼に会ったことで、一度諦めたボクシングにもう一度挑戦しようとするシンジという若い同級生二人の物語。

住む世界が違うことはお互いにわかりつつも、心を通わせ続ける二人。やがてシンジの日本タイトル戦の日を迎える。映画のではなく、ストーリー上のラストシーンはとてもいい絵だと感じました。なにが起きたのかをお互いわかった上でのあのポーズ。過剰なものが何もない素敵なシーンでした。

倉科カナさん演じるシンジの彼女の立ち位置の、二人からの距離感もなかなかミステリアスで好ましかったです。

ついでながら7~9月に観た映画の感想を。

e0181546_11131794.jpg「終戦のエンペラー」

評判を聞いて観てみたのですが、私にあまりピンとこなかった映画です。主な要因は、マッカーサーがどうして始めから昭和天皇の責任を問わないことを前提に資料、証言を集めるよう部下に指示したのかが、映画の中ではよくわからなかったところにあります。あるいは私が見落としたところが有ったのかもしれませんけれど。それでもマッカーサーと天皇の会見の場面では、ウルッと来ました。


e0181546_112059.jpg「許されざる者」

TVCMでも流れていて、試写会にの同行者は面白かったとの感想。小池栄子の演技も評価してました。
が、私にはなんとも物足りない映画。設定に無理が有ったり、配役に疑問符が付いたり、という感想です。妹女郎の顔を切り刻んだ男たちへの復讐のために、女郎たちが千円の賞金を懸けるのが経糸の物語。
が、です。明治初期と思われる当時の貨幣価値にたいする実感は乏しいものの、女郎数人で直ぐに千円集められるのなら、その当時でも女郎から抜けられたんではないだろうか。
特別協力なのか、配役もよくわからない。折角、國村隼が出てきながら、顔見世程度ではない役ながら、この扱いなら他の役者さんでも良かったのではないかという気がする。小澤征悦さんは賞金を懸けられ追われる役。こっちはほとんど顔見世に近い。主役の渡辺謙さんも、一度止めた人切稼業に戻るときの葛藤があまり描かれていない。
そんなこんだで、なんか中途半端な映画に思えました。


e0181546_11361841.jpg「共喰い」

たしか芥川賞受賞作の映画化。
セックスの時に相手を殴る性癖のある父親。父親と同じ性癖を持つのではと悩む高校生の物語。映画としての評価も高いようだけれど、私には理解困難。つまらない映画だったとも思わないのだけれど、この映画を観る自分の立ち位置がわからない、っという感じでしょうか。登場人物の誰かに感情移入できる、ということが、良い映画の条件なのかどうかはわからないですが、自分の居場所がないように感じました。ただ、この内容が小説でどう描かれているのかは知りたい気もします。

以上
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-10-04 11:45 | 映画・芝居
「ホワイトハウス ダウン」試写会
e0181546_9152423.jpg昨晩「ホワイトハウスダウン」の試写会に行った。結論を先に言うと、予想に反して面白かったです。

内容としては米国映画にありがちなパターン。TVでも最近大量にCMが流れている。私には、TVCMで大量宣伝されるような映画はあまり面白くない、という個人的経験則がある。上映前には同行人とそんな話をしていた。

主人公の議会警察官と、夫人の設定も含めてオバマ大統領を意識したとしか思えないソイヤー大統領の、占拠されてしまったホワイトハウス内での戦い。背景となっているのは、もし米国大統領が真の意味での世界平和を目指して行動を始めた場合に遭遇する可能性のある、米国内の軋轢。

ブルース・ウィルス主演でシリーズ化した「ダイハード」等と基本的には同じ構図なのだけれど、描き方によってやっぱり面白さっていうのは違ってくるものなんだ、というのを再認識した映画でした。主人公の娘(中学生くらいの設定?)が絡んでいたのが良かったのかな。

娘さんはソイヤー大統領の大ファンで、ホワイトハウスお宅。結果、大統領の職務もよく理解している。大統領が事件の首謀者から核ミサイル発射のための掌認証を求められる。拒否すると娘さんのこめかみに拳銃を当てて、再度迫る。その時の娘さんの表情、仕草が泣かせる。

試写会には30分くらい前に並んだ。会場は中野サンプラザホール。2階入り口への階段に並ぶので暑さは気にしなくても大丈夫と思っていたら、もうエントランス内の行列は一杯で、外に並ばされた。これは想定外。夕方で暑さは少しは収まっている感はあったものの湿気はまだまだ。並んでいるうちにまたまた汗がじわじわっと滲んできました。

そういえばオバマ大統領に与えられたノーベル平和賞。あれは何処に行っちゃったんでしょうね。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-08-10 09:47 | 映画・芝居
霧社事件を描いた映画「セデック・バレ」一部・二部
e0181546_10171764.jpg
なにせ一部・二部を合わせて4時間半を超える映画。ぜひ見たいとは思っていたけど、なかなか行けず、先週末ようやく見ることができた。「セデック」というのは部族の名称。「セデック・バレ」というのは「真の人」という意味だそうだ。

以前、小室直樹氏の著書だったと思うが、日本の台湾統治(1895~1945年)には闘争的な原住民族を押さえることで、台湾の近代化を進めた面もあると書かれていた。ということは、相手側から見れば武力による征服、と捉えられることにもなるのだろうと漠然と考えていた。

そこでこの映画を知り、征服される側からどう描かれるのか、に興味があった。
しかし凄まじい映画でした。

台湾人の日本人化運動。良し悪しでなく、ありがちな政策。だけれど運動を推し進める側に、これまたありがちなのは差別意識。なにせ原住民の子供たちを教育する場は「蕃童教育所」という名称。いきなり「蕃」が入る。自給自足の生活に貨幣経済を持ち込み、労働に対して対価を与えるはするが、極めて低いレベル。苦しい生活を強いられ、部族のプライドは抑え込まれる。

彼らの文化の中には、成人男子は敵の首を取り、それにより顔に入れ墨を入れることが勇者の証という風習がある。その段階を抜け出してしまった文化の人間には耐えがたい風習だけれど、とりあえずは制圧されてしまってはいるが、その文化に生きる部族には重要な問題。それが差別問題と絡まって、事件に発展していく。

映画はこれを「“文化”と“信仰”の衝突という視点」で捉えたとのことだが、異質な文化が接触した時の対応、融和というのは、そう簡単にはいかないということですね。

西郷隆盛の「南洲遺訓」というものにこんな話がある。西洋は文明か野蛮かということで議論になった時に、西郷南洲は次のように言う。

実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導く可きに、左(さ)は無くして未開蒙(もう)昧(まい)の国に対する程むごく残忍の事を致し己れを利するは野蛮ぢゃ

こんなことを言う人が征韓論など唱える訳はないと思うが、それはさておき、その通りと思いつつ、「文明」の側にも相当の心構えがないと実践は難しそうに思えてしまう。
たしか王陽明は龍場に左遷された時には、武力に寄らず周辺の民族を従わせた、と聞いたが、並大抵の人物ではなかった、ってことでしょうね。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-07-12 11:17 | 映画・芝居
宮崎駿監督作品「風立ちぬ」試写会
e0181546_937050.jpg「風立ちぬ」の試写会があり、行ってきました。
作家・堀辰夫と零戦の開発者である堀越二郎へのオマージュ。
相変わらずの宮崎ワールドを満喫してきました。

最初の方に関東大震災のシーンが出てくる。今、「堀辰夫」で検索したら、彼が結核を発病したのが、この大震災の年だそうだ。台地が揺れるシーン、地面が波打つように迫ってくる。この時点では、時代も全く架空の設定なのかある時期を想定しているのかもわからなかったので、一瞬、ここで津波は勘弁して、とビビりました。

日本の戦闘機開発の物語と、主人公・二郎と軽井沢のサナトリウムで療養している菜穂子との恋、結婚、別れを織り交ぜて展開する。出てくる異形の飛行機のきれいなこと。空を飛ぶ浮遊感はさすが。

とくに印象的なシーンは、二人が急な雨に見舞われるときの雨や風や雲の動き。そして二人の結婚式のシーンの、渡り廊下を渡ってくる花嫁の姿と、部屋に入った後の花嫁衣装の姿。

「ポニョ」は見過ごしてしまいましたが、久々の宮崎ワールド、なんか淡々と身体に沁みてくるような映画でした。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-07-12 09:59 | 映画・芝居
国立小劇場/文楽公演
e0181546_926026.jpge0181546_9263674.jpg
昨日は仲間と標記の第二部に行ってきた。昨年に続き2度目。会場でチラシを見てみたら、同じ公演でも何種類か作っているようです。

知人が豊竹嶋大夫さんと知り合いの関係で、第二部の始まる前に楽屋を訪ねてご挨拶。舞台の裏側なども見せていただいた。舞台裏には人形遣いが履く草鞋掛けの下駄がたくさん。脚担当の方の腰の負荷を軽減するためのものとか。

第二部の演目は「小鍛冶」「曲輪文章」(「文章」は「文」偏に「章」が作りの一文字)「関取千両幟」。

若干の昼寝をしてから行ったのだけれど、「小鍛冶」の時は睡魔にやられてほぼ沈没。

「曲輪文章」は夕霧大夫とその恋人の伊左衛門の関係がよくわからず、余計なところで頭が混乱。どうやら二人の間に7歳の子供がいるらしいのだが、ということは大夫が遊郭に入る前からの関係なのか。だとすれば恋人ではなく「元夫婦」なのか。

「関取千両幟」は力士・猪名川が贔屓筋の旦那が身請けしようとしている大夫の残金200両を用意できず、取組み相手の鉄ヶ嶽の旦那に横取りされそうになっている。そしてそれを止める代わりに八百長を求められる。やむなく負ける覚悟で土俵に上がるが、間一髪、猪名川に賞金200両が掛かり、無事勝利する。が、その200両は猪名川の女房が身売りして作ったものだった、というお話。この女性が旦那のために遊郭に自分から身売りするという流れ、日本人以外に理解できないのではなかろうか、という気もしました。

「関取千両幟」の場面転換の幕間には、三味線の曲弾きなんかのパフォーマンスもあって、面白かったです。人形も関取のは普通のより一回り大きかった。いろいろと考えられているようですね。
そういえば舞台右手に語りや演奏が並ぶんですが、表に出ずにその後ろで三味線を弾いている方もいましたね。あれはどういう理由なんでしょうか。

人形の動きでいうと、女性の立ち居振る舞いというのは、人間が演じるよりも艶っぽく見えます。他の人形も足の動きなんぞも見ごたえがある。まだまだ、文楽初心者ですが、また機会があれば行ってみたいと思います。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-02-11 10:02 | 映画・芝居
劇団きみにほ「鉄道員(ぽっぽや)」
e0181546_9445936.jpgギター教室の会場として借りているG's Barのマスター、深見亮介さんが出ている標記公演に昨日行ってきた。映画では高倉健さんが演じたと記憶してるけど。

名前が通っている役者さんだと、勝野洋さんとか速水健太郎さんも出演。この辺りは私にはチラシでしかわからないけれど、AKB48の仲谷明香、田名部生来の2名も出演。

最初のシーンでの、昔の中卒の子供たちの集団就職の所で既に涙目。途中はそれほどでもなかったけど、最後の方の場面では、またまた目頭が熱くなりました。

劇中、速水さんに団子が好きかと尋ねるシーン。
「嫌いなわけがない。だいぶお世話になった。」「やっぱり一串に3つついてるのか?」とギャグる速水さん。

脈絡もなく、娘役から「ファイト! いっぱ~つ!」と声をかけられて苦笑いの勝野さん。

適当な笑いを絡めて、なかなかいい物語でした。

高倉健さんや映画のチラシ等から勝手にイメージしていたストーリーと違っていました。映画も見てみたくなったけど、この物語は文章ではどんな風に書かれているのだろうという気もしました。原作を読んでみたくなりました。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2013-02-09 10:09 | 映画・芝居
映画「希望の国」
e0181546_17253316.jpg園子温監督の「希望の国」という映画を見た。福島の原発事故のあとに、再度原発事故に襲われた架空の「長島県」での物語となる。

事故が発生し、まずはXkm圏に避難命令が出る。唐突に引かれる規制線。機械的に引かれた線を挟んだ一方は強制避難となり、もう一方は対象外となる。残った側の主人公は自分と妻は残ることにして、息子夫婦は自主避難させる。

いろんな人が出てくる。避難所で暮らす人々はもちろん。自主避難した息子の妻は、妊娠をきっかけに放射能ノイローゼになり、防護服を着て外出する。食料もガイガーカウンターで自ら測定して買う。

そんな彼女の姿を揶揄する避難先の住民たち。
息子も仕事は見つけたものの、そんな妻の様子を同僚から責められ、この土地から出ていけと罵られる。

避難せずに残った主人公の所には、その後の強制避難地拡大のため、役所の職員が説得に来る。若い方は、避難しようとしない主人公に「自分たちだってこんな危険なところに何度も来たくないんだ」と突っかかる。

きつい映画だった。その「きつさ」は今までに観てきた映画とは異なる。そこで描かれている人たちを、誰一人として非難できないのだ。非難できる権利などまるでない。

そしてどの一人に対しても共感できないのだ。いや、共感を拒否されている。おそらくそれは当事者でない、という一点に尽きる。

そしてそれが現実に福島県で引き起こされていることなのだ。
「きつい」映画でした。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2012-11-08 17:59 | 映画・芝居
映画「しっちゃかめっちゃか」
e0181546_10374093.jpg題名は「ヘルタースケルター」。映画の中にのセリフで説明があるけど「しっちゃかめっちゃか」という意味だそうだ。

映画を見るときに、人はどういう感情、感想を持つのだろう。面白い、つまらない、笑う、泣く、共感する、嫌悪する、惹きこまれる、入り込めない、また見たい、二度と見ない、わくわくする、心に響かない、主人公が素敵、主人公が嫌い、云々。

この映画を見た後の我が心象風景はは私自身にも意外。一切の感情が動いていない。面白いとかつまらないという気持ちが起きてこない。白けてしまった、というのでもない。心にも身体にも全くさざ波が立たないのだ。なんなんだろう。こんな経験は初めてです。

ツイッターでどなたかが、「映画について賛否があるけれど、どちらの立場の人も原作を読んでほしい」というようなことを言われていた。確かに原作を読んでみたい気はする。ただ、買おうという気にはなれないけど。
[PR]
by kurijin-nichijo | 2012-08-10 11:01 | 映画・芝居


by kurijin-nichijo
プロフィールを見る
画像一覧
カテゴリ
全体
HYPONICA
正心調息法
世迷言
歩行術・古武道
自己紹介
地球交響曲
TIMEDOMAIN
東京都北区
がっこう・プレーパーク
音楽
旅日記
映画・芝居
時事
歴史
未分類
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
希望の国~救いようのない未来
from 黄昏の冬じたく
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧