栗栖増人来兵衛日乗

いろいろやりすぎて収拾のつかない栗栖増人来兵衛の好き勝手な日記
カテゴリ:がっこう・プレーパーク( 26 )
高橋源一郎さん「世界一素敵な学校」
作家の高橋源一郎さんが午前0時の小説ラジオで「世界一素敵な学校」について連続ツイートされた。こういう学校も有るのか、という驚きと共に、こういう学校を作りたいという想いにも駆られる。たしか陸上400mハードルの為末大さんが言っていたと思うが、「熱中は集中に勝る」ってことを証明してくれている気がします。

大分長いですが、全文転載します。

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「午前0時の小説ラジオ」今夜の予告編①・今晩は。ひさしぶりに「小説ラジオ」をやります。今年になって一回目。間隔が開いてしまうので、毎回、説明しなきゃなりません。一つのテーマを決めての連続ツイートです。ツイートしたい、と心から思えるようなものを決めるまで時間がかかってしまいました。

「午前0時の小説ラジオ」今夜の予告編②・今夜は、「教育」についてです。最近、ある学校のことを知り、深い衝撃を受けました。その学校は、ぼくにとって、見たことも聞いたこともない「教育」をしていました。ほんとに、驚いたのです。

「午前0時の小説ラジオ」③・たぶん「教育」に詳しい人なら知っているだろう、その学校は「世界一素敵な学校」と呼ばれています。そこでは、いわゆる「学校教育」らしいことはなにひとつされていない。でも、それ以上の学校は存在しないようにぼくには思えたのでした。では、後ほど、午前0時に。

午前0時の小説ラジオ・「世界一素敵な学校」1・そんな学校は他にもある。日本にも、世界中のあちらこちちにも。ぼくたちの多くがそのことを知らないのは、たぶん、社会が知らせないようにしているから。なぜなら、そんな「ありえない」ことが可能なら、困ってしまう人たちがたくさんいるはずだから。

学校②ぼくは、この(これらの)学校を知り、その「教育」内容を知るにつれ、深い関心を抱いた。その理由の一つは、ぼくには、これから「教育」に向う5歳と7歳の子どもがあるからであり、もう一つは、大学で、学生たちを「教育」しようとしているからだ。

学校③その学校は、アメリカ・マサチューセッツ州にあるサドベリー・バリー校。ここでは4歳から19歳までの「子ども」たちを受け入れている。日本でいうなら、「幼稚園年中」組以上から高校(もしくは大学1年)程度までだ。写真で見ると、この上なく美しい風景の中に、「校舎」がたたずんでいる。

学校④この学校には、カリキュラムがない。試験がないから、採点はないし、通知表もない。学年もクラスもない。いわゆる「教室」もない。当然のことだけれど,卒業証書もない。後で詳しくいうことになるかもしれないが、「先生」も「生徒」も存在しない。あるのは、子どもたちの「完全な自由」だけだ。

学校⑤この学校では、たとえば「問題児」が歓迎される。彼・女が,問題を起こすのは、「闘い」を放棄していないと考えるからだ。その子に、反抗するだけの元気があることは、とても素晴らしいことだからだ。

学校⑥いちばん驚くのは、この学校では、「読み」「書き」の「授業」さえないことだ。だから、8歳になっても9歳になっても、字が読めない子さえイル。なのに、だ。この学校では重視されてはいないことだけれど、最終的に、ここを卒業した子たちの「学力」は、ふつうの学校より高い。

学校⑦通常の「教育」を一切しないこの学校に対して(それなのに、たいていの子どもは希望の大学に進学する)、そんな「奇跡」のようなことがあるはずがないと、「現実主義者」たちは批判してきた。けれども、最後に音をあげるのだ。なぜだかわからないが、ここではなにもかもうまくいってしまうから。

学校⑧「教育」はしない。けれども、子どもたちがなにかをしたい、と思った時のための「完全な準備」が、ここにはある。その「準備」は、カリキュラムに従って、「教育」を与えるだけの学校より、遥かに困難だ。実例をあげてみよう。

学校⑨この学校には、決まった「授業」はなにもない。だから、子どもたちはずっと、好きなことをする。ずっと釣りをしたり、ずっとゲームをしたり。でも、おとなたちはなにもいわない。ただじっと待つのである。ある日、9歳から12歳の子どもたち12人が、ひとりの「おとな」のところにやってきた。

学校⑩「足し算、引き算、掛け算、割り算、算数ならその他なんでも教えてくれと頼んできたのだ」「本当はやる気ないんじゃないの?」「いや、本気だよ。算数をマスターしたいんだよ」。というわけで、いままで算数を習ったことのない子どもたちと「おとな」は「協定」を結ぶのである。

学校⑪その「協定」の中身は、☆時間を守ること。☆約束の時間に5分でも遅れたら、その日の「授業」はなし。☆それが2回続いたら、その「授業」は永遠に中止。その「協定」を守ることを誓って、「勉強」が開始される。その集まりを、ここでは「クラス」と呼ぶのである。

学校⑫さて、その結果はというと、通常6年かかる、算数の全教程が、二十四週、週2回30分ずつ、トータル24時間で終了してしまう。これがいつものペースだ。そして、子どもたちは一度も約束を破らない。彼・女たちを教えた「おとな」は、こういうのである。

学校⑬「教科それ自体は、そんなに難しくないんです。では何が算数を難しく、ほとんど不可能にしているかというと、嫌で嫌で仕方ない子どもたちの頭に、無理やり教科を詰め込んでいく、あのやり方のせいです。…毎日毎日、何年もの間ずっと、少しずつハンマーでたたき込んでいけば…」

学校⑭「さしもの子どもたちもいずれ覚えるだろう、というあの教え方です。うまく行くわけがない。だから見てごらんないさ。このくにの六年生の大半は、数学的な意味で文盲です。結局、わたしたちがなすべきこと、それは、子どもたちが求めたとき、求めるものをあたえることなのです…」

学校⑮「そうすれば、まあ、二十時間かそこらで、彼・女たちは、きっとモノにしてしまいます」。繰り返しいうが、通常6年かかる算数の全教程を教えるのに、この学校では、二十時間かそこら以上かかったことは、いままでも一度もないのだ。

学校⑯「読み」「書き」に関する話はもっと面白い。これは、自分の子どもをここに預けた、この学校の主催者の告白。「学校のほかの子どもたちと同様、娘が読むのを教えてくれと頼んでくるまで、あるいはまた自分で読めるようになるまで、わたしたちは待ったのです。待って、待って、待ったのです」

学校⑰「ところが彼女は6歳になっても読まないのです。それも良しとしなければならないでしょう。世間並みなのですから。が、彼女は7歳になっても読み始めません。こうなると、親としてはやはり心配です。とくに、おじいちゃん、おばあちゃん、叔父さん、叔母さんたちが不安の表情を浮かべます」

学校⑱「ついに8歳にして読まず。こうなると、もはや一家、仲間うちのスキャンダルです。わたしたち夫婦は、まるで非行パパと非行ママ。「それでよく、学校やってられるわね」というわけです。娘が8歳になっても読めないのに対策もとらないで、よく学校をやってますなんていってられるわね、」

学校⑲「そんなのまともな学校じゃないわよ、非難の言葉を浴びせかけてくるのです。でも、サドベリー・バレー校ではだれもそんなことを気にしちゃいません。確かに、8歳になる友だちの大半は読めるようになっています。でも、まだ読めない子も何人かいるのです。そんなこと娘は気にもかけていません」

学校⑳「元気一杯幸せに、毎日を過ごしているのです。娘が「読みたい、読もう」と決心したのは9歳のときでした。どんな理由でそう判断したのか、わたしにはわかりませんし、娘本人も覚えていません。まもなく、9歳と6カ月で、彼女は完璧に読めるようになりました。なんでも読めるのです」

学校21・「もはや彼女はだれの「心配の種」でもなくなったのです。もちろん、もともと、「問題児」でもなんでもなかったのですが」

学校22・いったい、「学校」とはなんだろうか。動物たちは、子どもを「学校」にやらなくても、きちんと子どもたちは成長して、成体になる。そして、人類もまた、誕生して以来、ほとんどの期間を、「学校」なしで過ごし、なんの問題もなかったのだ。

学校23・現在のような「義務(強制)教育」が一般化したのは、産業革命以降の200年にもみたない期間にすぎない。それまで、「教育」はあったとしても、一部の特権階級のために「知識」を「教授」するものでしかなかっのだ。

学校24・産業革命以降、「義務(強制)教育」が生まれたのは、工場で働く、「機械のコマ」が必要だったからだ。それに必要なのは、きわめて不自然な「自動人間」になるためのスキルだった。そのために、どうしても必要なことがあった。それは、子どもたちの「自由な精神」を破壊することだった。

学校25・「一カ所にじっと座っていたい、並んでいたい、言われた通りのことをいつもしていたいと、思い込ませなけれはなりません。駆けっこをするなど、もう許されません。もはや自由はないのです。したいことをしてはならない。好奇心の導くままに学ぶなんて、許されない。ただいだ厳しい規律を…」

学校26・「…受け入れていればいい。誰もが同じことを、いつも必ずしている。適応しなけれは、罰せられるのです」。だから、ある人は、ぼくたちが子どもを通わせている学校のことを、こう呼んだのである。「昼間子ども強制収容所」。

学校27・この学校の根底にあるのは、「人間には自己教育への鮮烈な欲求がある」という考え方だ。人間には、おとなになりたい、必要なことをどうしても知りたい、という本能が埋め込まれている。「教育」とは、本来、誰もが持っているはずの、そんな「自己教育」の本能が発動するのを助けることだ。

学校28・けれども、現実の「学校」は、ぼくたちが本来もっている「自己教育」の本能を忘れさせ、ただ、知識が詰め込まれるのを、口を開けて待つことしか知らない、か弱いニワトリにしてしまったのである。

学校29・子どもたちを「おとな」として遇すること。子どもたちに「自分の主人は自分なんだ」と気づかせること。子どもたちに「自分の人生を自分の意志で歩ませること」。だから、この学校では、「自己責任」は、もっとも美しく、峻厳なことばでもある。だが、この学校の真の秘密は、他にある。

学校30・この学校でもっとも驚くべきことは、実は、いままでに書いた「教育」の「内容」ではない。この学校の「統治」のシステムだ。この学校では、すべてが、校則も、予算も、学校運営も、「教師」の採用・解雇まで「全校集会」で決められる。そこでは、おとなも子どもも同じ1票の権利があるのだ。

学校31・4歳の子どもも「校長」も同じ1票。それ故、学校スタッフではなく、子どもたちの意志がもっとも優先される。この学校の「教育」を支えているのは、この、ルソー的といってもいいかもしれない、ラディカルな民主主義の考え方だ。

学校32・「権力や権威がもたらす恐怖--これこそが、わたしたちがこの学校から一掃しようとしたものなのです。…わたしたちは決めたのです。生徒であれ教師であれ、親であろうと訪問者であろうと、だれ一人として、人間の権威を恐れなくてすむような学校を作ろう、と。そうすれは多分…」

学校33・「…年齢の違いや性差、地位、知識、出自の違いなどお構いなく、だれもが相手の目をストレートに見ることができる、と考えたのです。…アメリカは、統治のあらゆる形態がデモクラティックな国です。そういう国にあって、学校をデモクラティックに運営していくことは理に適ったこと、と…」

学校34・「…わたしたちは考えました。最小の町から連邦政府レベルまで、あらゆる機構がデモクラティックなコンとロールを受けるようデザインされてきたのです。学校がなぜそうであってはならないのか、とわたしたちは自分自身に問いかけました。そして考えれば考えるほど、学校もまた…」

学校35・「…そうでなければならない、と思うようになったのです。デモクラティックな学校コミュニティーの大人たちは、自分たちが享受する市民的基準と同じものを、学校生活にも適用できるはずです。子どもたちもまた、民主主義の生活を構成する諸原理、諸実践の中で育てられるべきでしょう…」

学校36・「…そうすることによって、子どもたちは、成人に達する以前に、責任ある社会的市民性なるものを自然に身につけることができるのです。なにしろ、そういう生活を、学校コミュニティーのなかで、毎日経験するわけですから」

学校37・目指されていたのは、「学校」ではなかった。人間が、その可能性をもっとも発揮できると信じられる、民主主義てき共同体だった。そして、その中に、その必然として、子どもたちの「学校」が、世界でもっとも素敵な、と呼ばれる学校が生まれたのだ。

学校38・だから、民主主義の「核心」は、「教育」なのだ。子どもたちに、どんな「教育」を与えるかが、その共同体の民主主義の成熟度を示すことになるのかもしれない。いや、「教育」の「核心」は、実は民主主義にある、といっても同じことなのかもしれないけれど。

学校39・すべてを解決する魔法の解決策などないのかもしれない。けれども、ぼくには、子どもたちのために考える義務があるように思ったのだ。以上です。一度では語り尽くせない問題でした。聞いてくださって、ありがとう。

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うわぁ、また、泣きたくなってきました。そうか、そんな「がっこう」があるんだ。高橋源一郎さん、ありがとうございました。
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by kurijin-nichijo | 2012-01-17 12:00 | がっこう・プレーパーク
プレーパーク参戦記その2
昨日の日記は渾名の方に走っちゃっいましたが、今日はプレーパークの話。ただし写真は話の都合上、昨日のと同じです。
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写真のタイヤブランコ。ロープの端を残して、引っ張って揺らすようにしてある。各地区のプレーパークではそれぞれにローカルルールがある。

もう30年以上の歴史を持っている世田谷区のプレーパークでは、おそらく子どもたちの遊びに基本的に手を貸さない。一緒に遊ぶことはあっても、子どもたちが自分でできる範囲で、自分でやりたいことを優先している。例えばこのブランコの場合だと、自力で乗れない子どもを大人が乗せたりしない。揺らすのも子どもたちでできる範囲でやる。

北区でやっているプレーパークでは、この辺りが曖昧、あるいはまだ会としての共通認識ができていない。一昨日のタイヤブランコの設定はおそらくあまり大人が関わらず、子どもたちだけで楽しんでもらう設定なんだろうなとは思った。

でもまぁ、ブランコを揺らしてあげて一緒に遊ぶのも、私自身は楽しいからいいかな、と揺らし係もやってみた。もちろんあまり大きく揺らすと怖がる子もいるけど、幼児でもその限界が違っていてけっこう面白い。子どもの様子を見ながら、ロープを捩って回転させたり、いろいろといたずらをしながら遊んでました。

で、ここからはまたプレーパークから話は飛びますが、ここのところ右肩に痛みがある。初めは何の所為だか分からなかったけど、ようやく気付いたのはパソコンのマウスの左クリック。この所為で腱鞘炎とまではいかないまでも、部分的な筋肉しか使わなかったことによる痛みと分かった。

ストレッチなどをしてほぼ回復基調だったが、このブランコを力いっぱい揺らしたら、痛いっ、てほどじゃないけど右肩がピリッ!! その後は慎重に肩に「ピリリッ!」が走らないように全身で揺らすようにしていた。

そしたらプレーパーク終了の頃から夜に掛けて、右肩の張りが強くなってきた。四十肩、五十肩っていうのは腕が上がらなくなるのが症状だと思っていて、これまでも肩自体は上がるからそれではないのだろうと判断してた。ついでにもう還暦越えてるし(笑)。

ただ思いのほかの張りなので、五十肩の症状は肩が上がらないのとは違うのかなとも思い始めた。で、一晩寝て昨日、ふと気付くと肩の張りが大分改善していてビックリ。今日は張りという面ではほとんど症状がなくなっている。

自信があったわけではないけれど、肩の張りなどというものは、やはり不自然な身体の使い方から来るものなのかもしれません。全身を使って、肩に負担が偏らないようなブランコの揺らし方をしたのが、結果的に効果があったのではないか。

今回の教訓。
プレーパークは身体にも良い(笑)
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by kurijin-nichijo | 2011-02-22 17:35 | がっこう・プレーパーク
プレーパークに久々参戦
e0181546_22223648.jpg2月20日(日)は北区で開催しているいなり公園でのプレーパークの日。久し振りに参戦してきた。「参戦」というのは、子どもたちと本気で遊ぶと相当の体力が必要。その気になって行かないと、直ぐに疲れてしまうのだ。

去年の春に気力を喪失し、会の世話人からは外れた。会の運営自体から離れても、現場に行って子どもたちと遊ぶ分にはあまり関係ないと思ったのだけれど、意外とそうでもなかった。自分のほうの気持ちが退いている知れないけど、なんか以前のように溶け込めないものを感じていた。

でも昨日は子どもたちからも受け入れられた気がして、楽しかった。子どもたちは大人も愛称で呼ぶけれど、私の場合は「ダンボ」で通している。小中学時代の渾名。体の大きさではなく、耳が大きいというだけで付いたものを大復活させた。小学生以下の子どもたちが還暦過ぎのおっさんを「ダンボ」呼ばわりするんだから、状況を知らないと変な感じがするかもしれないけど、全然違和感もない。

小5くらいの女の子たちが「ダンボッピ」と呼んでもいいかと聞いてきた。大した問題じゃないから別にそれでも良いんだけれど、おじさん、ちょっと首を傾げた(笑)。

なぜかプレーパークの報告でなく、渾名の方に話が走っちゃったけれど、ついでにそれ絡みでとても面白かったことがある。

運営メンバーのYさんの娘さんのなっちゃんがよく遊びに来ていた。ある日、友達の女の子を初めて連れてきた。なっちゃんが私を「ダンボ」と当たり前の様に呼ぶのを聞いて<「なになにっ!?ダンボってなにっ!?」って眼を見開いてビックリしている。こんな年上のおっちゃんを渾名で呼び捨てにしちゃっていいの?怒られないの?って感じが、まるでカルチャーショックに遭遇でもしたかのようで、とっても面白かった。

ということで、本日はおしまいです。
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by kurijin-nichijo | 2011-02-21 22:52 | がっこう・プレーパーク
子どもたちの受容力
天野さんの寄稿を読んだりして痛切に感じるのは、子どもたちの受容力の凄さ。自分たちの「場」に障害児たちが入ってきた時、自分たちとの違いに最初に戸惑うものの、いったん受け入れると後はもう健常者となんら変わらない「扱い」を始める。

今日から東京写真美術館で公開が始まる「地球交響曲第七番」に出演している高野孝子さん。彼女も同じようなことを話している。南洋の小島や国内の豪雪地帯で子どもたちだけで生活するプログラムを作って実践している。そこに障害児が入ってきた場合、やっぱり同じようなことが起きるとのこと。子どもたちはも、ちろんその障害自体は理解しての上だけれど、健常者に対するのと全く変わりない接し方をしだす。大人から見るとちょっと乱暴すぎないかというような「扱い」もするらしい。

となると、障害者等に対する「一般的」な見方は何処から来るのか。自分も含めた健常者の戸惑い、哀れみ、異物を見るような視線、等々。これらは皆、もしかしたら大人の反応であり、大人が絡んでしまうと子どもたちも同じように反応し始めてしまうのではないのか。

ここのところしきり思うのは、大人はもっと子供の視点というのを見直さなければいけないのではないかということ。「子どもに学べ」と言ってしまうと、また別なベクトルもかかってしまうのだけれど、もう一度子どもの視点に立ち返るということは大切なことなのではないかと思っている。政治も含めてね。

で、私の人生の目標精神年齢は中学生以下、であります。

さらに余談。
天野さんの寄稿にあるプレーパークを這いずり回った子ども。このとき直ぐに思ったのは、この子は立てるようになるんじゃないかということ。読み進めたら、やはりそのことが書かれていた。立てるようになったんだそうです。

なぜそんなことを思ったかというとこの本です。
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親こそ最良の医師
 あなたの脳障害児に
 なにをしたらよいか
グレン・ドーマン著
サイマル出版

以前に講演を聴いた事があって、感動して読んだ本。グレン・ドーマン博士は脳障害児の治療プログラムを作った方。健常児でも立つ前の「這い這い」が様々な機能の発達に重要ということが言われてきているけど、脳障害児も同じらしいのです。

脳障害で手足が動かない子どもたちに右手と左足、左手と右足を同時に動かす訓練をしていくと目覚しい回復を示してくる。身体能力だけでなく知的能力も著しい改善を示す。とても感動的ではあるのですが、家族の負担が大きいのと費用負担も大きいのが難点なようです。

ただ博士がその後始めた幼児教育には個人的にはちょっと疑問が。なにを始めたかというと、健常児の教育に適用しようとしたのです。脳障害児でもこれほど知的能力が急速に改善するなら、健常児に適用すればもっと素晴らしい結果が出るのでは、ということですね。一時「うつ伏せ育児法」なんてのが話題になりましたけれど、どうもこの手法の延長線上にあるように思われます。知力を早く発達させることがいいことかどうかは疑問に感じる私です。
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by kurijin-nichijo | 2010-07-17 10:42 | がっこう・プレーパーク
「療育の窓」天野秀昭氏寄稿より/その2
e0181546_1024361.jpgちなみに前回の日記の子どもたちの対近隣住民「爆竹」交渉は7、8軒と行ったそうです。たいしたもんであります。

天野さんの寄稿にはもう一件の障害者絡みの話が出てくる。それを読んで直ぐに思い出したのがこの写真、私が名付けた「泥鰌っ子姫」です。

重度の身体障害を持ったK君。車椅子で介助の人と一緒にやってきた。「車椅子、降りるか?」と聞くと嬉しそうに頷く。茣蓙に降ろそうとすると、本人は地べたがいいという。地べたに降ろすと直ぐにいざり出す。次の瞬間、前に体を倒したK君は肘や顎、肩まで使って器用に動き出す。

「へー、やるなぁ」と思わず口に出すと、K君は「まだまだこんなもんじゃない」という挑戦的なまなざしを向けてさらに激しく動き出す。一件異様な光景にまずは幼児たちが集まりだす。見てて楽しくなった天野氏も一緒に一緒に匍匐前進を始める。

するとその先に見えたのは水溜り。「水溜りがあるぞ!」っと注意すると、ニマッとするK君。完全にそれを知っていて目指している。結果、2体の泥人形の完成。これを見ていた幼児たちももう黙ってはいられない。泥人形がドンドン増えていく、さらに小学生たちも加わる。K君は大声を上げ満面の笑顔になった。

子どもたちの行動ってダイナミックですよね。うらやましいくらい。
「泥鰌っ子姫」も泥の中に寝転ぶのがとても気持ちいいと言ってました。きっとその通りなんでしょうね。自分も泥人形化する決心はまだつきませんけど(苦笑)

こういう話を聞いたり読んだりして感じることがあります。それは次回にします。
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by kurijin-nichijo | 2010-07-12 11:00 | がっこう・プレーパーク
「療育の窓」天野秀昭氏寄稿より/その1
e0181546_1051672.jpg標題の中で紹介されているエピソードを紹介します。ネタばれになっちゃうとはいっても、この広報誌はそれほど多くの人には届いていないと思うので、勝手な判断ですが。

それから写真は「北区で子どもの遊ぶ場を作る会」主催で5年前に開いた天野さん講演会のもの。今回の記事とは直接関係有りません。

難産で脳への酸素供給が停滞し、脳に重い障害が残ったM君。彼が好きなのは、燃え盛る火に大量の水をぶっかけて、ジョワーっていう音と共に大きな水蒸気と煙が柱が立つその一瞬。そのためにバケツに水を入れて焚き火に襲い掛かる。

たまらないのはその火を苦労して焚いた4人の子どもたち。当然のことながら「おめー、なにすんだ!!」「せっかく熾したのにベンショーしろ、ベンショー!!」「ぶっとばすぞ!!」等々の怒号があがる。いつも繰り返される光景なのだけれど、M君は全身で「なんでー! なんでいけないのーっ!」と抗議する。

火を熾すことを目指す者と、火に水をかけたその瞬間の光景が大好きなものとの対立。M君が脳に障害を持っていることを知った子どもたちは、やむなくM君に火のつけ方を教えようとする。そうですよね、自分で熾した火ならば自分で消してもいいはず。

でもM君が大好きなのは「火を熾す」ことではなく「火に水を掛けること」。ちっとも関心を持とうともせず、他のところの火を消しに行きたくてウズウズ。子どもたちは、それはいけないことなのだと一生懸命説得しようとする。結果、どうなったのかというと、M君と4人の子どもたちは一緒に遊び始めてしまったとのこと。

このエピソードの話をここで終えてしまった天野氏の筆力にも脱帽。あとはいろいろと想像しましょうね(笑)
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by kurijin-nichijo | 2010-07-07 11:19 | がっこう・プレーパーク
親が笑えば 子も笑う~子育ち、子育てが楽になる講座~
e0181546_10463427.jpg日本で初めての「職業」プレーリーダーでもあり、現在、大正大学の特命教授でもある天野秀昭氏の講座があるというので、昨日行ってきた。

天野氏の講演は前に2回聴いたことがある。プレーパークという場に関わる中で培ってこられた氏の話はいつも興味深く、現代の子どもたちの置かれた環境、子どもたちが本来のパワーを発揮した時の素晴らしさ等に関する認識を新たにさせてくれた。

情報が回ってきた時、大学の講座だということで高いのだろうと思ったら3回で3,000円となっている。よく見れば「6,000円⇒3,000円」の特別価格(笑)。これは行かない手はないということで申し込んだ。

参加は15名余り、平日昼間の所為もあってか男性は私と駒澤大学の学生の2名だけ。ワークで子どもの頃の「絵日記」を書かされて困った。子どもの頃から「絵を描く」というのは、私にとってそれこそ難行苦行そのもの、全く「描けない」子だったのです。でも当時と違うのは、その頃よりも「恥をかく」のを気にしなくなっていることかな。若干の進歩は見られるのかも(笑)。

第1回終了後に天野氏と話したときに、氏が最近書いたという寄稿のコピーをいただいた。社会福祉法人全国心身障害児福祉財団の「療育の窓」という広報誌の「障害のある子どものあそび」という特集への寄稿。

プレーパークに来た障害児の逸話も感動的なのだけれど、思わず涙したのは健常児の話。
住宅地のど真ん中にあるプレーパークで、子どもたちが爆竹をやりたいと言って大量に持ち込んできた。当然大音量になり、苦情間違いなし。「せめて近所の人がいいって言えば・・・」と言った途端、走り出す子ども。近所の玄関に立ち家人と話し合う。しかめっ面の家人の顔がにこやかになったら、「やっていいって」と叫びながら戻ってくる子どもたち。理由を聞くと「時間を決めてって言われたの。だからこの時間から30分って決めたんだ。そしたらいいって!」。交渉に行った子供たちにも、ちゃんと話を聞いて条件を付けながらも認めた大人にも、やはり想いが繋がった瞬間っていうのはとっても素敵だと感じる。よい話を聞きました。

障害児に関する話はまた次回に。
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by kurijin-nichijo | 2010-07-02 11:28 | がっこう・プレーパーク
連続プレーパーク
e0181546_957336.jpg北区の稲荷公園ではゴールデンウイーク中の5/1(土)~5(水)まで連続でプレーパークを開催している。久し振りに3日の午前と4日にボランティアで参加してきた。この連休は天気にも恵まれて、さすがにゴールデンウイーク、普通の週末に設定される時よりも参加人数は少ないようだけれど、賑わっていた。

昨日は牛乳パックを使った鯉幟作りなんかに人気があった。私も作ったのだけれど、写真を撮り忘れてしまいました(苦笑)。

そういえば一昨日は、木切れを使って拍子木のように敲いていたら、何人かの子どもが集まってきて一緒に「合奏」ができた。これまで何度かチャレンジしたんだけれど、面白がって敲いたりはするものの、「合奏」にはならなかったので、これは初体験で嬉しかったですね。

昨日はYさんがネックが反ってしまっていて、もう使わないというギターを持ってきて会に寄付してくれた。それを適当に弾いていたら、1歳ちょっとの男の子が拍手をしてくれました。人生で初めて「演奏」に拍手をもらって感激でした(笑)。

その子はホンとに音楽が好きらしく、リズムに合わせて身体を動かしたり、ギターを一生懸命掻き鳴らしたりしてました。その他の子どもたちも含めて、みんな音楽、ないしは音が出るものって好きなようですね。稲荷公園でのプレーパークは今日までやってます。

そういえば「プレーリーダーのりたけの”あそぶろぐ”」に面白い話が載ってました。落とし穴に関する4月14日付の日記です。ご興味のある方は覗いてみてください。
http://pureseta.blog.so-net.ne.jp/
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by kurijin-nichijo | 2010-05-05 10:15 | がっこう・プレーパーク
アースデーでプレーパーク
e0181546_150407.jpg週末はアースデー。これまでとくに毎年出かけることはなかったけれど、去年から明治神宮内でプレーパークをやっているというので行ってみました。ホームページを見たら「代々木公園内の一角で」となっていたような気がして、さすがに神宮内ではやらせてくれないだろうと勝手に納得して、まずは代々木公園へ。が、見つからない。やむなくスタッフとして参加してるはずの知人に電話したら、神宮内の宝物館の近くでやっているというので、神宮に戻る。

確かここだと思ったところは「宝物展示室」となっていて、プレーパークをやるようなところではない。また電話して宝物展示室と宝物館は違うのか確認したけど、向こうも要領を得ない。そうこうしている内に神宮内の案内図を見つけて、ようやく位置を認識。なんとか辿り着いたけどビックリ。神宮内にこんなスペースがあるなんて、全く知りませんでした。

e0181546_1591794.jpgスペース的には問題ないものの、さすがに神宮内、芝生を掘ってしまうわけにはいかず、やれることも限られているようでした。泥ボール作りなんかやってましたけどね。子どもたちが低く伸びている枝に乗っかってユッサユッサやってたんで、写真を撮ろうと構えたら、警備員さんがやってきて子どもたちに注意したんで、撮影失敗(苦笑)。そりゃまぁ、神宮内ですからねぇ・・・なんか背広姿、ネクタイ着用の方も何人か見張ってたし・・・

e0181546_15201182.jpgプレーパークの周りにはインディアンテントなんかもいくつか建っていて、民族衣装っぽい身なりの人たちが演奏したり踊ったりしている。なんか知り合いがいそうだなと思ったら、案の定いました。瞑想で参加していたYさん、共通の知人のAさん、向こうが名前まで覚えていてくれたYさん。いやあ懐かしかったですね。行った甲斐もありました。

神宮内でやっているのは、いちおう「アースデー」とは名乗っているので、全くの別立てではないようですけれど、NHK周辺を使った大規模化したアースデーとは主催者が違うとのこと。大規模になりすぎてしまった本体とは少し距離を置いて、というスタンスの人たちが集まってやっているようです。野中ともよさんのNPOが主体になっているのかな?

e0181546_1530057.jpgこれは山桜でしょうか。まだ盛りに咲いてましたね。
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by kurijin-nichijo | 2010-04-19 15:30 | がっこう・プレーパーク
順受の会
e0181546_10532548.jpg今晩は押上の長屋茶房・天真庵での順受の会。儒学のお勉強の会で、会場は変わったものの、年数だけ言えばもう10年以上続いている。

当初は渋谷の会場を借りて、会費500円くらいでやっていたけど、講義を終えた講師も会費を払うという、不思議な会。今は飲食付きで3000円会費でやっている。

今年のテキストは「中江藤樹のことば(素読用)」。高校で学んだ日本史の通説だと、江戸時代の儒学者というのは大した人物はいないということだった。しかし過去に佐藤一斎、広瀬淡窓とかも含め、いろいろ教えてもらうと、通説とは違う人物が浮かんでくる。少なくとも学問に対して間違いなく真摯であったのはわかる。

「中江藤樹のことば」を読んでもまたしかり。でも比喩の中に、これは違うよなぁ、と思っちゃう所もあったりする。

■姑息の愛

親の子を慈愛するには、道芸をゝしえて、子の才徳を成就するを本とす。当座の苦労をいたはりて、子のねがひのまゝに育てぬるを、姑息の愛と云、姑息の愛をば、舐犢(しとく)の愛とて牛の子をそだつるにたとえたり。


意味としては、子を慈愛するというのは、猫っ可愛がりして我が儘放題に育てることではなく、人間本来の道を教え、それぞれの子どもが持っている能力を伸ばすようにすること。親牛が子牛をベロベロと舐めるようなやり方ではない、というようなことでしょう。

言われていることはその通りだけれども、例に出された牛にとっては迷惑な話かなと。牛はたしかにそういう行為をするのだろうけど、猫っ可愛がり(牛だけど)しているわけではなく、それが牛たちの子育てにとって必要な行為だからやっているんだろう。そんなことを人間に言われる筋合いはない、と牛さんたちから抗議がきそうな気がする。

まぁ、瑣末な指摘ではございますけど・・・
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by kurijin-nichijo | 2010-03-29 11:35 | がっこう・プレーパーク


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